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先日、とある御用で台湾へ行かせて頂き、台北にある『旧 桃園神社』へ行ってまいりました。 台湾は正式には『中華民国』で、かつては日本政府が統治をしていた時代が有ります。 そのころ、台湾各地に200社あまりの『神社』が創建されましたが、太平洋戦争後の日中断絶により当時の神社は解体されて、ごく一部に僅かな遺構が残るだけだそうです。 ところが、台北市に隣接する『桃園県』(とうえんけん)に『旧 桃園神社』がほぼ完璧な姿で保存されているということで、台湾政府文化局の「馮文彦」氏のお計らいで詳しいご説明を頂きながら拝見をさせて頂きました。 現在は、中華民国の為に尽力をされて亡くなられた方々をお祀りする『桃園県忠烈祠』として、かつての御本殿や拝殿がそのまま活用されています。 『旧 桃園神社』は、昭和13年に北白川宮能久親王ほか6柱を御祭神として御鎮座になり、社務所、神職宿舎、手水舎、馬屋、中門、拝殿、透塀までもが見事に保存され、当時の様子が大変よく伺えます。 台北市内から急行列車とタクシーで約50分の距離。 台湾滞在中、御用の合間に僅かにあいた時間に概要だけでも見学できればと思って訪れたのですが、 現地で案内をしていただいた『王義文』氏の旧知の方が、現在この『忠烈祠』を管理する文化局の次長をされており、そのお計らいで「馮氏」とともどもに歓迎をいただき、3時間近くもかけて詳しくご説明をいただきました。 神社時代の事を覚えておられる地元の方にもお話しを伺う事ができ、大変有意義な時間を過ごさせていただけました。 当時の社号石柱を再利用したもの 旧社務所 右は案内をして頂いた「王さん」 旧社宅 襖が残されています。 隣の部屋には畳みも・・・ 網が張られたところのガラスは当時のままで、画像では見みくいですが「富士山」や「竹」などの「すり模様」があります。 神馬の側には「椰子の木」 南国ですね 総面積約5万坪 春田直信氏設計 銅板葺流れ造りの旧御本殿 台湾ヒノキを使用 旧御本殿内と、拝殿左右には台湾人のお位牌が祀られており、 一昨年には、近隣での大火災の救助作業中になくなった方が合祀されたそうです。 現地の方は「さかき」と呼んでおられますが、「梛」(なぎ)の木です。 境内には「榊」はみあたらず、当時から「梛」を代用されていたそうです。 鳥居は、上部の笠部分を撤去して、中華風の門とされています 文化局の馮氏(とても気さくな方です) 御殿の大きさを比較する参考に・・・ 当時はこの先にも参道が続き、二ノ鳥居や石灯籠が並んでいたそうです。 神社といえば「結婚式」 記念写真を撮りにこられる方が多いそうです。 この日もたまたまおられました。 |

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