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3月21日(旧暦 2月21日) 金曜日 午前11時 より 仁孝天皇御胞衣塚 大前(にんこうてんのう おえなづか おおまえ) 仁孝天皇祭 (にんこう てんのうさい) 赤ちゃんの健康・成育を祈願する神事 仁孝天皇は、江戸時代の寛政12年(1800)2月21日にご誕生になり、当時の宮中のしきたりにより、御胞衣(おえな)を西院春日神社の境内におうめになりました。 御胞衣(おえな)とは、出産の際に胎児(たいじ)とともに出る胎盤(たいばん)の事で、宮中ではこの御胞衣(胎盤)を皇室ゆかりの神社の境内にうめるしきたりがあり、仁孝天皇の御誕生の折には当社に埋められました。 高貴な方の御胞衣をうめた所は御胞衣塚(おえなづか)とされて、乳幼児の健康・無事生育にご利益があり、また、子授け・安産の祈願をされる信仰があります。 皇太子妃殿下が敬宮様をご懐妊された折にも、御胞衣塚にてご安産祈願の祭典が行われました。 仁孝天皇は、明治天皇の御祖父にあたられ、和歌や学問に優れ、平安時代以来途絶えていた多くの儀式を復興されたり、また学習院(現在の学習院大学の前身となる施設)を京都御所の近くでの設立をご提案されるなど教育活動にも大変ご熱心でした。 仁孝天皇祭は、旧暦2月11日に乳幼児の健康・無事成育を祈って行われる祭典です。 仁孝天皇の御胞衣が、当社へ埋められる時の記録が残されております。 記録には、仁孝天皇がお生まれになる前年から書き始められており、ご誕生後に行われる儀式の準備がまとめられています。 内容は、儀式にどのようなお道具が必要で、だれが準備するかの分担や、その費用などを女官に確認を詳しく残されています。 そして、二月二十一日 御誕生の日の宮中の様子や、御生母 勧修寺靖子樣の産後の健康状態。 神主 米川安芸守への祝儀についてなど、大変珍しい内容の記録です。 ちなみに、御胞衣がどのように埋められたか。 記録には、宮中のしきたりにより 御胞衣を白絹で包み、御へら 一対、 青石 二個、ごまめ 二、を添えて埋められたようです。 |

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