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本日のTVニュースで知りました。 茨木市に引っ越す小学3年生まで通っていました。 過疎地や都心の閉校のニュースは、度々目にしてましたが、いざ自分自身のこととなりますと、なにやら感慨深いものがあります。 昭和30年代後半頃でも、すでに各学年2クラスしかありませんでした。 1組、2組ではなく、い組、ろ組です。 冬場はだるまストーブに石炭をくべ、給食時間にはストーブの上でコッペパンを焼いて食べていたことが、きのうの事のように思いだされます。 自宅では都市ガスのガスストーブと練炭火鉢を使っておりましたし、引越し先の小学校でもガスストーブだったのですが、当時なんの違和感も感じなかったのが不思議です。 大阪市内の小学校で、23日一斉に卒業式が行なわれ、北区では今年閉校する学校で最後の卒業生が学び舎を巣立ちました。 大阪市北区の中津南小学校は全校児童76人。 今年、近くの小学校に統合され閉校することが決まっていて、94回を数えた卒業式もこれが最後です。 23日は6年生14人が卒業証書を受け取り、卒業生も在校生も学び舎との別れを惜しむ日となりました。 大阪市内では少子化の影響などで小学生の数自体は減ってきているものの、阿倍野区や鶴見区など大型ファミリーマンションの建設が相次ぐ地域では逆に児童数が増えて、市は新しい学校やクラスを増やすなどして対応しています。 24日は終業式が行われ、子供たちは一斉に春休みに入ります。 (03/23 12:33) |
小学校時代(中津南)
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