|
埼玉県の立教新座高等学校の卒業式が中止され、HP校長からのメッセージが掲載され、それが感動するっていう記事を見て、私もよんでみました。 以下抜粋記事 「大学に行くとは、『海を見る自由』を得るためなのではないか。 悲惨な現実を前にしても云おう。 波の音は、さざ波のような調べでないかもしれない。 荒れ狂う鉛色の波の音かもしれない。 いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。 いかに悲しみの涙の淵に沈もうとも、それを直視することの他に我々にすべはない。 海を見つめ。大海に出よ。嵐にたけり狂っていても海に出よ。 真っ正直に生きよ。貧しさを恐れるな。船出の時が来たのだ。 思い出に沈殿するな。未来に向かえ。別れのカウントダウンが始まった。 忘れようとしても忘れえぬであろう大震災の時のこの卒業の時を忘れるな。 鎮魂の黒き喪章を胸に、今は真っ白の帆を上げる時なのだ。 愛される存在から愛する存在に変われ。愛に受け身はない。 教職員一同とともに、諸君等のために真理への船出に高らかに銅鑼を鳴らそう」 (抜粋して引用) 以下に全文のリンクを貼ります 卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。(校長メッセージ) http://niiza.rikkyo.ac.jp/news/2011/03/8549/ 卒業式を中止した立教新座中学校三年生諸君へ。(校長メッセージ) http://niiza.rikkyo.ac.jp/news/2011/03/8589/ 是非全部読んでみてください。 わたしは記事に抜粋された部分よりも 時に、孤独を直視せよ。 自己が管理する時間を、ダイナミックに手中におさめよ。流れに任せて、時間の空費にうつつを抜かすな。 いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。 いかに悲しみの涙の淵に沈もうとも、それを直視することの他に我々にすべはない。 という部分が好きだ。 人は自己を直視できるようで、意外とできない。人間は主観の塊だ。いつでも己を直視できる人間でいたいと思う。 こんな時こそ自己を直視してみよう。 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用




思い出に沈殿するな…
了解です。。
2011/3/20(日) 午後 7:54
いいお話は、子供たちの人生に将来多大な果実をもたらすことになると思います。
素晴らしい旅立ちを…。
@
2011/3/20(日) 午後 9:33
お花さん。前を向いて生きるということですよね。
2011/3/20(日) 午後 9:44
seijinさん。日本の未来を担う若人として、立派に旅立ってほしいですね。
2011/3/20(日) 午後 9:45
校長先生いい事言うね。
人に自分はどう見られてんのかってのも、みんな考えてるようで分かってないんだろな。
都合の悪いことから目をそらしがちなのは反省しなきゃなんないよ。
2011/3/21(月) 午後 1:08
己を見つめる事って本当に簡単じゃない。
大人になったからってできるもんでもないし。
2011/3/22(火) 午前 11:22
言葉がうまく出ないよ。
こんな時期に自分を客観的に見ろ、ってスゴい信念の強さを感じるよ。
まずは生かされている自分を意識してみるよ。
2011/3/22(火) 午後 5:57
こんなときこそ自分があるべき姿をいまいちど見つめ直したいものです。
2011/3/23(水) 午後 7:27
学ばねば。今回の震災から多くを学ばねばと思う今日この頃。
2011/3/26(土) 午後 8:41
ええ。多く学ぶ事ができました。これからもまだ学ぶべき事があるでしょうね。
2011/3/26(土) 午後 8:46
校長先生もこんな時に語る言葉にはだいぶ悩んだんじゃないかな。
でもさすがに良い事を言うものですね。
己を見つめても、なかなか客観的に見つめるのは難しい。
特に自分の欠点は大目に見ちゃうからな。僕みたく (^^;)
それでも真っ正直に生きられるように努力してみます。
2011/3/27(日) 午後 10:49
大人になり、社会にでるということは、今まで以上に縛られて、逃げ出す事もできなくなります。己をきちんと見つめることができたら、どんな困難でも立ち向かえるとおっしゃているのでしょうね。
私も自分に甘いですよw
でも自分を客観的にみて自分に甘いとみていられるなら、それでいいのだと思います。
2011/3/28(月) 午後 3:15