明日につづく文学

陽の光のように暖かく ( 著作権がございます。転用はご相談ください。)

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 さて、クラルテに招かれた6人の小説家の中で、最も的確で分かりやすく述べているのはシモーヌ・ド・ボーヴォワール。彼女の言葉を要約しておこう。

 
<シモーヌ・ド・ボーヴォワール> 哲学教師 → 作家、サルトルの協力者
 
「人はみな他人と共有しない個人的な状況と、意識しないまま身に反映している他人と同一の状況とを持っている。世界とは、その各個別の状況と互いに包含しあっているすべての状況との渦動状態のことをいうのである。

人々は他人に近づくために、意味の伝達手段として言語を使う。しかし、会話・議論・講演などではどうしても伝達不可能な部分(壁)がある。それは各人の持つ生命の独特な味わいである。

文学は各個人を分離させているその壁を確認し、越えさせる可能性を持つ。
一人の作家は、彼が包含し暗黙裡に要約している彼の世界を表現し読者はその世界に入りこみ、少なくとも読書の間は、彼の世界を自分の世界のものとすることができる。それによって我々は、我々を我々の特異性の中に閉じこめる仕切り壁に抗して、個人別の特異な経験が、他の人々のそれでもあることを会得するのである。

各人は、すべての人々が彼ら自身について打ち明ける事柄を通じて、また彼らによって明らかにされる自分自身を通じて、その人々を理解するものである。

また、文学は本質的に一つの探求(世界と自分・人間との関係)である。探求と発見があるところに真実は現れる。一人の作家は、渦動状態にある現実の部分的真実しか捉えられないかもしれない。しかしそれが一個の真実であれば、それを伝えられた人(読者)を豊かにする

ところで、文学とはどういう時に生まれるのか? 集団的歓喜(意思疎通)のある時には文学は無用である。また絶望の(何ら頼るべきものがあるとは信じられない)時には不可能である。苦悩があり、それを表現することによって、その苦悩が意味を持つと考えられる時、つまり、他の人たちとの意思疎通を信じて、意思疎通を求めている時にこそ生み出されるのである。

文学とは、人々に個人的かつ普遍的な世界を開示して見せるものである。」
                         (趣旨の要約)

 
彼女の論を総括すれば、「お互いに結びついていながら、しかも離れ離れである個々人に、人間の中の人間的なものを救い出し、人間世界の普遍性を開示して見せ、孤独な人間を人間共同体の中に組み入れる。これこそ文学の仕事」であり、文学の力である、ということになるだろうと思う。

このボーヴォワールの言葉に接した時、私は実に胸のすく思いがした。まったく、まったく、塵ほども異存なし。
それでも緋野は、少〜しだけ彼女よりも欲張りなのだろうか。人間世界の普遍性の開示というだけでは、(これまでの文学はすべてそうであったとは思うけれども)、何か少しもの足りない。それが何なのか、いつかまた書いてみようと思っている。

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