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3日フジテレビ、21時から放送の文化庁芸術祭作品「泣きながら生きて」
この番組、テレビのCMでちょっと気になっていて、昨日の新聞のテレビ欄にも記事が
なぜ気になっていたかというと、
何年か前に中国からの留学生のドキュメンタリーシリーズを涙を流しながら見たことがあったので、もしや同じなのかと思っていたので・・・
新聞のテレビ番組欄を見ると、「 "小さな留学生"のスタックが贈るシリーズ最終章」と。
あ〜やっぱりあのシリーズなんだ〜これは見なくてはと思ったのですが
出かけていて、家で見始めたのが、30分くらい過ぎていた・・・><;
放送の最初の部分を見ていないのですが、
奥さんと娘さんを中国に残し、借金をしてまでも日本学校に留学したものの、思いもよらぬ十数年を送る丁さん・・・不法滞在者という状況に・・・
娘の夢を叶えるため、勉強をしたくてもできなかった時代に育ったため、娘には教育を受けさせたいという思いで離れ離れに暮す家族・・・
8年ぶりに娘さんと、13年ぶりに奥さんと日本で再会した時はほんとなんとも言えなかったです・・・でも、娘さんや奥さん、丁さんの笑顔が素敵でした。
そして、不法滞在なので、娘さん、奥さんを成田空港まで見送ることできず、成田空港手前の成田駅での言葉にはならない涙の別れ・・・切なかった(泣)
娘さんも、その親の思いを十分理解し、ニューヨークの大学に留学、産婦人科の医師に・・・
丁さんもある程度役目を終えたということで中国に帰国・・・
(不法滞在者の人はどうやって帰国するのか?・・・送還なのか?罰則とかは?)
帰国の飛行機の中で、日本で暮らした十数年、苦しいこと悲しいことが多かっただろう・・・
涙を流し、手を合わせる。
最初を見てなかったので
なぜ丁さんが日本にきたのか?なぜ不法滞在者になったのか?が疑問でHPを・・・
丁さんは
ある日本語学校のパンフレットを目にした。そこには入学金と半年分の授業料、合わせて42万円と書かれてあった。それは、中国では夫婦二人が15年間働き続けなくては得ることのできない多額のお金。知り合いに頼み込んで借金をし、その年の6月、当時35歳だった丁さんは日本へと渡ってきたのだった。
丁さんは、文化大革命の嵐の中で育ち、学びたくても学ぶことのできない時代を生きてきた。日本語学校で学んだ後は、日本の大学へ進学することを目指していた。中国にいては果たすことのできない人生の再出発に賭けていたのだ。
しかし、丁さんが目指した日本語学校のあった場所は、北海道の阿寒町に位置する過疎化が進む町。働きながら借金を返して勉強をしていくつもりが、借金を返すどころか、仕事すらない。かつて炭鉱で栄えたこの町は、過疎化を打開したいという町の事情と思惑から、町民のかわりに中国人を入れればいい、と日本語学校が誘致されたのだ。
それでも、丁さんは借金を返さなければならない。このまま上海へ帰るわけにはいかなかった。覚悟を持って阿寒町を脱出し、列車を乗り継いで東京へ。しかし入国管理局は、“阿寒脱出者”にビザの更新を認めなかった。丁さんは、やむなく不法滞在者の身となってしまう。しかし不法滞在者になっても借金は返さなければならない。帰国したら再入国はできないため、東京で必死に働き続けた。そして再出発への希望が消えた丁さんは、自分が果たすことのできない夢を一人娘に託そうと決意する。娘を何としても海外の一流大学へ留学させたい。見つかれば即座に強制送還という身でありながら、借金を返し終えた後も、丁さんは東京で働き続けた。働いたお金はすべて上海の妻子へと送金した。
なるほど・・・
でも、そんな日本側の対応にも文句を言うわけでもなく、愚痴をいうわけでもなく
日本に感謝しているような言葉も・・・
ほんと芯の強い、凄い人だと・・・そしてその生活についてきた奥さんも・・・
その期待に希望にこたえた娘さん・・・素晴らしい家族でした。
丁さんが帰国の飛行機搭乗中、その帰りを待つ上海の奥さん・・・
以前は娘さんと台所の共同で使っているような一部屋のアパートに暮らしていたのですが
ちゃんとしたキッチンで、歯の悪い夫の為にお粥を作りました(おかずも沢山)と
笑顔でソファーに座っている姿が・・・(引越しをしたのでしょうね・・・)
2004年に帰国していたので、
今は家族3人で幸せに暮らしているのだろう・・・苦労は報われているのだろう・・・
でも、42万円が中国では夫婦二人が15年間働き続けなくては得ることのできない多額のお金だとは・・・??
今の日本ではいじめ、虐待で小さな命が亡くなっていく時代・・・
暮らしは豊かなのでしょうが、心がすさんでいる世の中??
丁さんが、親は子供を立派に育てるために頑張って生きなくては行けないと言っていた言葉が印象的でした。
心にジーンと来る番組でした。
数年前のシリーズ放送時に、この企画を始めた張さんの姿などをテレビで見た時に凄い人だと思いました。
そして、その企画に賛同し放送してくれたプロデューサーの横山隆晴も・・・
もしかすると、どこかで再放送があるかもしれないので、
見逃した方は見てみてね・・・
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