人生一発逆転「リアル裁判ゲーム歯科医療」

日本の法廷から「捏造証拠」「宣誓をしての偽証」「弁護士の一枚上手のうその弁論」を追放しよう。

29 「妊娠捨て犬の子育て」

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

              「私が赤と小子犬に提供していたもの」

今思うとですが、子犬たちには十分な食べ物と暖かい犬小屋は提供していましたが、安全の確保まではしていませんでした。
山という環境では私と「ちび」のいない時間に子犬たちの安全はありませんでした。
ある日、子犬のうち「2匹がいなくなる」と言うことがありました。
犬小屋の周りには何人かの人の足跡と大きな犬の足跡が残っていました。
当時、近所の山からウサギを追い出す勢子の何かをたたく音と、銃声はしていたのですが、犬小屋のあたりは禁漁区になっていたため、漁師が犬小屋に近づくことの心配はあまりしていなかったのですが、猟犬が子犬の気配に反応したのかもしれないと思いました。
このときは2日ほどでいなくなった子犬が犬小屋に戻ってきて一安心しました。

               「子犬の吐瀉物に米粒があった。」
私が何日も山に通っているわけですから当然にそこには道のようなものができました。その道から子犬に気がついた人がいるようでいつの間にか子犬に食べ物を運ぶのは私一人では無くなっていました。
それはある日子犬が吐いた内容物に米粒が入っていることで気がついたのですが、それがどのような人であるのか一度も会わなかったので今でも分から無いままです。


                「5匹ともいなくなった。」

ある日、子犬が5匹ともいなくなっていました。
びっくりして周辺を探しましたが、どこにもいませんでした。ほかの人間も面倒を見始めていたことは分かつていましたので希望としては「その人が子犬の面倒を見るために家に連れて行った」と言う状況でした。
子犬がいなくなった後も私とちびは犬小屋に通い続け子犬の行き先を案じていました。
子犬がいなくなって1週間ほどたったある日、「そろそろ犬小屋をかたづけようか」と思いながら山に入ったところ、「ちび」が犬小屋に突進しました。もしやと思って私も犬小屋に走り寄るとなんと子犬は5匹とも犬小屋に帰っていました。
それは私にとってものすごい喜びで、その日はほとんどちびと一緒に子犬と遊んで過ごしたと思います。
いなくなっていた子犬に何があったのか私は今でも知りませんが、子犬たちは1週間前にいなくなったときと同じに元気でしたし、おびえた様子も全くなかったのでいなくなった間もきちんと世話を受けていたという感じは受けました。子犬たちが帰った後は他の人が来ているという形跡は無くなりました。

              「子犬たちが生後3が月になって」

いろいろありましたが、子犬たちはそろって山で生後3ヶ月に成長しました。
能登のショッピングセンターに連れて行く時がとうとうきたのです。
私は子犬をみんな集めて車に乗せました。
そのとき赤が子犬と一緒に車に乗り込もうとしたのです。いつも少し離れて私と子犬を診ていた赤でしたがこの時始めて私に近づいてきたのです。
私はこの瞬間に赤のこの先の寂しさに気がつきましたが、赤には「とにかく子犬は何とかするから」とか言って赤を座席から押し戻しました。
そして赤が車から少し離れた時私は車を出しました。
このときは赤と子犬の最後の別れになると思い、何か赤にものすごい残酷なことをしているような気持ちになったことを今でも覚えています。

                「子犬にまず獣医で健康診断」

まず獣医さんで子犬たちの健康診断を受け、異常がないことを確認しました。
それからペットショップで色違いの首輪と引き綱を買い、いつもちびと散歩する公園に行きました。
子犬たちはとても元気にしていましたが私は赤と同様に子犬たちと別れるのがつらくてたまりませんでした。翌日、子犬たちに新しい飼い主を捜すためショッピングセンターに連れて行くことは決めていました。

      「多分ブーちゃん以外は即日に新しい飼い主が決まると思っていたのに。」

まさか、その週の土日2回の能登往復が完全な空振りに終わるとは思ってもいませんでした。
後でセンターの人に聞くと「問い合わせは多かった」との事でした。

               「次の土曜日まで子犬をやまにもどす」

5匹の子犬を次の土曜日までずっと家においておくのは自分的にしんどかったのと、「赤も待っているだろうし」とか思いながら、とりあえず次の土曜日までまた子犬を赤の元に戻すことにしました。
赤は子犬を車に乗せた場所にそのまま座っていました。

                   「現実社会の恐怖」

私が恐怖したのはこのときです。

子犬は生後3ヶ月でもうかなり成長していました。後1ヶ月もすると大きくなり過ぎ飼い主を捜すのが難しくなります。山で少し長く成長させ過ぎたという後悔を始めていました。

赤も何時までも山に置いておくわけにも行かず、どこかで家に連れて帰る決断が必要でした。

そして、私は資金的に最もしんどい時期になっていました。
春の増改築工事の請負が始まる前で、仕事の切れる冬を越えるためのお金が底をつきかけていたのです。
もちろん、子犬たちのために使うお金は全く惜しくありませんでしたが。
そのようないろいろな事情の心配が赤を見たときに「現実の恐怖」として感じられたのです。

                   「恐怖の次に全力になった」

それから私は子犬の飼い主捜しに全力を挙げるようになっていました。
ガソリン代の節約は頭から無くなり、能登の親戚に犬を見せるため迎えに行ったり向かいに行ったりするようになりました。
いつも行くガソリンスタンドには子犬のポスターを貼ってもらい犬を飼ってもらえそうな知人には、電話し、とにかく、私は一生懸命全力になったのです。

            「妊娠捨て犬の赤はどこに飼われていたか」

子犬の父親がどうも純血種らしいこと、普通の茶の柴犬、黒い柴犬、ゴールデンと何頭もの父親が確認できること
などから私は赤が飼われていた環境が一般家庭ではなく「犬の繁殖場」では無いかという見当をつけていました。実際に金沢には私の知る限りですが1カ所とても大きな犬の繁殖場がありました。
もちろんほかにも私の知らない繁殖場はあるでしょうし、私の推測は「多分犬の繁殖場で飼われていたのだろう」と言うところまででした。

               「子犬と山でどうしていたか」

私と「ちび」は毎日何時間も山で子犬たちと遊んでおりました。草が茂って藪のようだった犬小屋の周りは私と子犬とちびとで何日も踏みつけ続けたため、「狭いけれどもきれいな広場」のようになって実に快適に時間を過ごすことができました。
当時は子犬みんなに名前をつけていたのですが10年近くたった今ではその名前を思い出すことができません。ただ顔のとても大きかった子犬だけは見たままの「ぶーちゃん」という名前をつけていたような記憶がうっすらとあります。

             「捨て犬の世話は以前にも経験があった。」

「ちび」と毎日散歩する場所はほかの犬もたくさんいる場所を選んでいましたので、当然に犬好きの人たちの集まる場所でもありました。
言い換えれば「捨て犬の面倒を見てくれる人がいる可能性が高い場所」になります。
私はそこで「子犬が2匹、段ボールに入れられている」のを見つけたことがありました。
何時間も考えた後、私は子犬を2匹とも家に連れて帰りましたが、ここが私が「大人」なって良かったと思っているところで、子供だった時にはとてもできないことでした。

               「そのときの子犬はどうなったか」

一匹は能登の大きなショッピングセンターでもらわれていきました。
今はどうか分かりませんが10年ほど前までは大きなホームセンターとショッピングセンターの接続部分に子犬や子猫を自由に展示できる場所があり、そこに買い物に来るお客さんが「気に入った子犬や子猫を見つけたらホームセンターの名簿ににきちんと名前や住所を記載すればそのまま連れて帰って良い」と言うとてもわかりやすいシステムがありました。

2匹の子犬を最初ここに連れて行きましたら、1匹はすぐもらわれていきましたが、もう1匹は土日4回ほど展示しましたが夕方確認に行くと、「体が大きめ」だったせいか残っていました。

この子は最終的にだめなら「うちで飼う」と思っていましたら獣医さんの紹介でもらわれていきました。
獣医さんは子犬を展示場に連れて行く前に健康状態確認のため、事情を話した上で診てもらってましたので獣医さんからの「もらってくれる人がいるかもしれない」という電話がこの子犬の縁になりました。    

                                次回「山の子犬に事件が次々」

                 「一晩ぐっすり寝た子犬たち」
子犬たちに断熱材入りの犬小屋をクリスマスプレゼントした翌日、山の中に入って見ると、子犬たちは姿を変えていました。
冷たいみぞれの流れる地面から少しでも逃れようとずんぐりとむくんだ体で短い手足をもそもそと動かし続けていた子犬の姿はもうそこにはありませんでした。
「一晩暖かい場所で寝たくらいででこれほど変わるか」と驚くほどの変化で子犬たちは私とちびに気がつくと犬小屋からぞろぞろと出てきてそれそれに一生懸命しっぽを振り始めたのです。
前日は本当に短い手足をもそもそと動かす程度でしたので、私は過酷過ぎる環境が子犬たちの発育に影響してもう取り返しがつかなくなっているのではないかと心配もしていましたのでこの日の子犬たちを見て本当に安心したことを思い出します。私は早速子犬たちにミルクや缶詰を与えました。そのとき赤は少し離れた場所で子犬たちを見守っていました。
それから私とちびは毎日子犬だちの元へ通うことになるのですが少し離れて見守るという赤のポジションは変わりませんでした。

                  「子犬たちの不思議な姿」

子犬たちはとても驚くような姿をしておりました。まず2匹は「黒色の柴犬」そのものの姿をしておりました。
もう一匹は「茶色の柴犬」で、さらにもう一匹は見た目は「毛が少し短いゴールデンの姿でした。」
これには私はずいぶん喜びました。この子犬たちなら「ほしがる人はきっといる」と思えたからです。
問題は最後の一匹でこれがひどい顔をしておりました。何というか顔のバランスが見たこともないほど悪いのです。一言で言うと本物の犬と言うよりも漫画に出てくるような子犬で顔が何というかとても大きくて鼻もちょっと変でした。
この子についてはもらい手を探す自信はもてませんでしたのでずいぶんと心配をいたしました。

                  「不気味な姿の子犬たち」
子犬は全部で5匹いました。何というか、まるまると太って小さな手足がちょこんと飛び出して、一言で言うと子犬の姿としてあまり見たことのない不気味さがありました。
雑木林の斜面のくぼみは風を少し遮るだけで、雨も雪もみぞれもそのまま吹き込んでいました。生まれてずつとこのくぼみにいるとしたら母犬の背中に避難する以外、絶えず寒さにさらされていたことになりますから、そのつらい環境が子犬の体型にも影響したのだろうかとも思いました。

こんなところになぜ子犬を生んで育て続けてきたのか母犬の選択に疑問を持ちました。
しかしこんな場所だからこそ、誰にも見つからず今まで子育てが出来たとも思えました。

とにかく子犬を見つけたのは私で、私は昔の子供のように山で子犬を成長させようと考えましたので母犬は子犬を人間に見つけられた後も、しばらくは子犬と一緒に暮らし続けました。

             「母犬の哀れな姿はとてもかわいそうでした。」

斜面に流れる雨やみぞれの冷たさから子犬を守るためにくぼみに横たわる母犬の姿は最初見たときには何とも言えない「哀れ」なものがありました。
「ちび」が子犬のそばに行ったとき母犬は少しも「ちび」を威嚇せず、くぼみの中で酷くふるえておりました。その日はとても寒い日で、子犬が見つかったことと寒さの両方でふるえていたのだろうと思います。
くぼみは直径50センチ根深さ10センチ足らずの大きさで、母犬が掘ったもののようでしたがもう書いたように見つけたその日私は何もしませんでした。

                「私は最初、子犬から逃げました。」

一生懸命探してはいたもののいざ見つけると「これは困ったものを見つけた」とまず最初に考え、それからとりあえずしばらく
母犬がくぼみの中でふるえていて、その上に不気味に太った丸い姿の5匹の子犬が寒さから逃れようとゆっくりとよじ登り続けているのを見ていましたが特に良い試案も浮かばないまま子犬も母犬もそのままに家に帰ったのです。
その夜の天気のあれていることと言ったら酷かったです。
雷が鳴りとても強い風が吹き、みぞれがふり、あられが落ちてきていました。
子犬と母犬が゛くぼみにいることは推測できましたので、私は全く眠れませんでした。
それで、家に連れて帰ることが出来ないとしたら、あのくぼみの上に仮の犬小屋を設置してとりあえず、
雑木林の中で子犬を育てればいいと思いついたときには、ほっとした気持ちになりました。

               「断熱材入りで特性の犬小屋でした」

後はもう書き込んだように仮の犬小屋を設置した日がクリスマスだったのです。
子犬を暖かい犬小屋に(床に断熱材を入れていた)入れたとき、それまで絶えずゆっくりと動き続けていた子犬たちが、静かになって眠り始めました。
母犬はもう冷たいくぼみに横たわり続ける理由が無くなり、犬小屋には入りませんでしたが眠っている子犬を外から見ていました。
私は自分のしたクリスマスプレゼントの効果の大きさにとても満足して、その日は結構長く子犬たちのそばにいました。

ま、本当に大変なのはそれからでしたけど。



                                         次回続く

                 「見つからない子犬」

私は子犬を探すことにしました。
人の住んでいない建て売り住宅や近くの墓地、海水浴場の建物、少し離れている運動公園など結構時間をかけて探し続けましたが子犬を見つけることは出来ませんでした。
季節は寒さを増して雪も降り始めたため、私は側溝の中まで捜索範囲を広げました。
しかし、それでも見つからなかったためそのうち子犬は雑木林で育てられているのだろうと考えるようになっていました。

雷と一緒に冷たいみぞれが毎日のように降り続いていましたので、雑木林の中では子犬はそのうちに凍え死にするとも考えていました。

クリスマスが近いある日のことです。
                     
                    「子犬発見」
断続的に降っていた雪が根雪になり、それまで難しかった赤犬の後を雪に残った足跡でたどることが出来たのです。それで私は母犬と子犬をやつと見つけました。


             「冷たい地面に横たわり子犬を守る母犬」

子犬は予想通り林の中の斜面に小さなくぼみを作って育てられていました。墓地のそばの林でした。
母犬はくぼみの中でうずくまり、子犬たちは母犬の上によじ登り続けていました。
地面があまりにも冷たいので母犬の体の上しか冷気からの逃げ場がないのです。
赤犬は子犬たちのためにやせてがりがりの体でぬれて冷たい地面にうずくまり続けていたのです。
それは私には命がけの子育てに見えました。

             「雪の中の子犬にクリスマスプレゼント」

私はとにかく何とかしてやらねばと思いました。
私の仕事は個人のリフォーム屋で冬場は仕事が無く、家にみんな連れて帰るところまではなかなか踏み切れませんでした。
それでその日は良い試案も浮かばずそのままにしましたが、その夜酷い雷とともに激しいみぞれが降りました。私は雷の音を聞きながら「林に犬小屋を仮説する」と言うことを思いつきました。
翌朝早速ホームーセンターに行き材料を買うと家で下拵えをし犬小屋を仮設置しました。
林の管理者に了解をとるときは大変でしたが、しばらくの間と言うことで理解してくれました。
母親のいない状態では他の子犬の上に登って寒さをしのごうと動き続けていた子犬たちは犬小屋の中に入れると静かに眠り始めました。
その日は気がつくとクリスマスでした。
私は犬小屋の設置が子犬たちにはクリスマスプレゼントになったことに気が付き、何かとてもうれしかったことを覚えています。

                                       次回子犬の話

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.
裁判ファイター舘一義。
裁判ファイター舘一義。
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事