人生一発逆転「リアル裁判ゲーム歯科医療」

日本の法廷から「捏造証拠」「宣誓をしての偽証」「弁護士の一枚上手のうその弁論」を追放しよう。

30 おまけ企画「私」

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全1ページ

[1]

             「たった一冊の本がわたしの鬱病を治してくれた」

本に書かれたテーマがわたしの心のどこかに「きっかけ」を与え1年あまり苦しみ続けた鬱病が短時間で完治した。これからその本について書き込む。


                    「カフカの変身」

わたしが最後に「変身」読んでからもう20年以上たつ。もう細部とかについては全く記憶にない。
しかし、今このブログを書き込むに当たって改めて読み込むことはしない。今わたしが皆さんに伝えたい重要なことは20年以上経ってわたしの心の中に残っている部分の「変身」であろうと思う。

                   「変身したのは誰か」

姿形で言うと主人公であるが、本当に変身しているのは「主人公の父親」である。

主人公が虫になる前は心臓病で苦しんでいたはずの父親が、虫になってからは家計を支える必要が生じて健康になる。
もちろん心臓病が家庭の事情で完治することは無いから父親は本当は最初から心臓病では無かったのである。
これはどういう事かというと、父親は「体が悪いので息子の世話になることはやむを得ない。」という状況を意図的に芝居で作り出していたのである。
主人公が虫になったので父親は息子に寄生することができなくなり、息子の知っている父親の姿は「変身」を始める。カフカの「変身のテーマ」はここにある。

                 「主人公はどのような人物か」

一言で言うと「家族思い」で「会社思い」で一生懸命の男である。そうして稼いだお金は自分のためではなく、妹のためなどに使い道を計画しているような男である。


         「虫になったことで主人公の信じていた世界が崩壊していく」

彼が虫に変身してしまったため、会社や家族が彼に対して本当の姿を見せ始める。
彼が本当の意味で苦しみ始めるのはこの会社や家族の変化が始まってからである。

                「彼は最後はどうなったか」

家族に投げつけられたリンゴが背中に刺さり、苦しみながらも最後は家族のために自殺するのである。
その死は家族にとっては「息子」が死んだのではなく、単にやっかいな虫が死んだに過ぎない。

          「何故この変身のテーマの解釈にわたしが救われたか」

「変身」の主人公の苦しみとわたしの苦しみが同じものであると認識したからである。
わかりにくいと思うがカフカの「変身」を読んでわたしもまた変身したのである。

「わたしを苦しめていたものが虫になった主人公と同じ「家族思い」と言う感情であることが理解できたときわたしの鬱病は完全に完治した。

もちろん人によって鬱病になる理由は異なるだろうが、何かがうまくきっかけになると鬱病はすぐに治る。

              
                                            以上

               「まず鬱の完治について書く」

私の鬱が完治するきっかけはカフカの「変身」を読んでいたときに来た。
それまでに何度も読んでいたがそのときは本から全く違う印象を受けた。

          「カフカの変身で本当に変身したのは家族である。」

それまで変身したのは主人公であると思っていたが、鬱の時に読んでいて実際は家族こそが変身していることに気がついた。
その瞬間カフカが本当に書きたかった変身は「家族の変身」だったと思った。
私の鬱に至った悩みは家族関係そのものだった。
「家族がどう悪いのか」というテーマで考え込んでいたのである。

                  「カフカを読んで、」

私は「自分が変身した」と感じていて、何故そのように「変身したのか」と考え続けていたのだが、カフカを読んで「変身したのは私の場合も家族である」と思ったのである。
言葉にしにくいが、そう感じられることで私の心が軽くなって、カフカのことを調べているうちに鬱が治っていた。

              「このテーマは難しいのでここまで」

長く書き込んだりしてみたが何度書き直してもうまく書けない。今回はあきらめてここまでにする。            





                                              

                 「私の生まれたところ」

中能登の農村である。子供の頃は村の周辺の道路はまだ砂利道で舗装された道路は町の方に行かないと無かった。
村で酒屋や食料品店、豆腐屋や、床屋さん、呉服屋さんが並ぶ通りも砂利道で、それが舗装されたときは
子供同士で、自分たちの村も舗装されるようになったと喜んだことを覚えている。

それが今では、村で舗装されていない道はほとんど無い。

                  「環境について」

私の子供の頃、夏は暑くて冬は寒かった。うちわで扇ぐ時代から扇風機の時代を経験している。クーラーについては想像の外だった。

      「子供の頃のように暖房の全くない冬を5年ほど続けたときがある。」

私は15年ほど前、今の家を買ってしばらく、冬の暖房を全くしなかったことがある。子供の頃に帰ったようでとても寒かった。まだ子犬だった「ちび」は寒さに弱かったのか布団の中に潜り込んで寝ていた。
冬は仕事が切れるため、経費節約のためだったが本当に寒かった記憶がある。

                   「そして今」

歯科医と裁判で争い、再審請求状工夫のために連日ブログを書き込んでいる。偉く時代が進んだところまで生きたものだと思う。子供の頃に今のような時代がくると予言するやつがいたら笑いものになっていたと思う。

  「私はそんなこんなで昭和29年生まれとして今の時代に生きていることをうれしく思う。」

             「今は時代の変化があまりにも早すぎると思う。」

今年生まれた子供も、私の年齢になったときに2009年に生まれて良かったと思ってほしいものであるが、今の時代は物事の変化が早すぎて、50年先と言うよりも、10年先が不安である。
30年後の世界についても、どう変わっているか見当もつかず、今20代の人も大変である。

                                          以上

歯科医療裁判の再審状を工夫するブログなのに何でも書くようになってしまった。

                   「今自分は何者か」
この問題はずいぶん長い間私を悩ませていました。自分の座標軸が分からないのです。
私の人生は良く振り出しに戻っていました。
私にとって振り出しの場所というのは能登のある海岸からつきだした突堤の先っぽにありました。

                 「20代前半の私の仕事」

20代前半の私は港などを作る海を仕事の場としている工事会社で、何人もの社員と一緒に寮に入り、朝早くから船に乗り現場に出かけていました。その現場の一つに海岸からつきだした突堤があったのです。
そこでは延長した突堤を守るためにテトラポットを配置するという作業があり、大型重機の運転手と海の中で作業する潜りと船の上にいて潜りの指示で作業する手元と海岸に作られたテトラポットを重機で突堤の先端部分まで運ぶ作業をする私の4人のチームで仕事をしていました。
海の仕事は特徴として波がある程度以上高くなるとできなくなるわけです。ですから私はいつも沖を見立ていて、白波が見え始めると後1時間程度で今日の作業は終わるとか見当がついたものでした。

               「かにを探して大型重機で石垣をこわす。」

この現場を特に記憶することになったのは一匹のかにのためでした。
海が荒れ始めて、潜りの船が突堤を離れ、大型重機を海岸に避難させるとき私が、突堤の付け根部分の石垣に大きなかにを見つけたのです。
私はすぐにかにを捕まえに海に入ったのですがかには石垣の中に潜り込んで見えなくなりました。
しつこく石垣の間でかにを探し続ける私に大型重機の爪が迫ってきました。重機の運転手がかにを探すのを手伝いに来たのです。
私たちはずいぶん時間をかけてそこいらの岩を撤去しかにを探しました。かには最後まで見つかりませんでしたが、岩を元に戻すのもだいぶ時間がかかりましたから、私はたぶんかにはもう岩の下でつぶれたなとか思っていました。

この突堤が金沢方面から能登の実家に帰る道筋であったものですから悩んだりしているときに能登に帰るときには必ず立ち寄る場所になっていたのです。
私は、自分では「きっかけはとても恵まれた人間である」と思っております。

                  「挫折を続ける私」

海の仕事を辞めたとき私は大阪にいました。能登の大きなテント制作会社の社長に見込まれて大阪本社に
幕面構造物の勉強に行かせてもらっていたのです。
半年ほど修行して金沢に帰った私は、巻く面構造物の技術者として仕事をしていたのですがそれは結構無理のあるポジションでした。せめて2年とか修行していればまだ何とかつとまったと思うのですが、半年程度の修行で県庁とかに新しい設計を入れるとか言うのは「はったりだけ」では限界があり、気がつくと自分が分からなくなっていました。私は相手先や会社の人から見ると技術者なのですが、中身は半年の技術者経験しか無い薄っぺらで、誰かが強く吹けば飛ぶように揺れていたのです。
今思えば自分の座標軸が分からなくなり始めたのはあの無理な時代が始まりだった気がします。
テント会社を辞めた私はかにを探して岩をめくった海岸の突堤にいました。

その後、住宅会社に3年ほど努めてようやく立場が安定し始たころまたその住宅会社を辞めると言うことがありました。
退社して数日で能登に帰る途中また、かにを探した海岸の突堤で海を見ました。
そのとき唐突に俺は振り出しに戻ると必ずここに来るなと思ったのです。

                   「私は何者でもなかった。」

突堤にいる自分は何者でもありませんでした。ただ途方に暮れる状態で海を見ていたのです。


今の自分は何者なんでしょうか。

41号 「私の迷い」

               「このブログの進む道」
私は歯科医療被害を受けてから裁判を起こす準備に約1年、
第1審から最高裁までの審議に3年、
再審請求の工夫に1年
とすでに5年間という人生の貴重な時間を歯科医との争いに費やしている。

その5年間をなんともったいない人生の浪費をしたのかと思うこともあるし、なんと好ましい知的環境であったかとも思う。

で、今このブログが「後で後悔しないためにはどのような姿であるべきか」を考え始めている。

写真も資料も無く、「文章の打ち込みだけ」という状態では「見ている人に訴える力に不足する」のではないかという不安が最近出てきたからである。

しかし、急に立派なブログが作れるはずも無く、今私は迷っているというか困っているのである。

                                     次回は40号の続き

全1ページ

[1]


.
裁判ファイター舘一義。
裁判ファイター舘一義。
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事