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「最終弁論の真実」
第1審裁判調書には「被告第8準備書面」が最終弁論で陳述されたと記載されているが、それは第1審裁判官による裁判調書の改ざんである。最終弁論の事実は「被告歯科医は最終弁論では最終準備書面は提出できなかった」である。
「第1審裁判官は何故裁判調書を改ざんする必要があったのか」
第1審裁判官は「第1回から3回の進行協議での原告の攻撃」に対して「裁判長が促したにもかかわらず最終弁論で防御できなかった」事実から本来ならば「被告歯科医が負け」と判決すべきところ、実際には「裁判のルールを曲げて被告歯科医の勝ち」と判決してしまったために、控訴審裁判官に対し「裁判のルールを曲げたインチキ」を隠蔽する必要が生じたからである。
「裁判の争いは非常に制約のある将棋のようなものである。」
裁判はある意味将棋と同じであり、当事者同士は「書面による攻撃防御」で争う。将棋と違うところは裁判官が認めないと駒が動かせないことにある。
たとえば原告患者の準備書面には多くの求釈明が書かれているがこれが原告患者の「攻撃の駒を動かす希望」になる。で、この駒の動きの「どの部分を認めるか」という権限が裁判長にある。
裁判長が無視すれば原告患者の「駒は全く動かず攻撃は無かった」ことになる。
私の裁判では第1回と2回の進行協議で原告患者の攻撃が記録されているから、裁判長が有効と認める攻撃ができたことになる。つまり、「原告患者が被告歯科医に王手した」のである。ここで被告患者は第3回進行協議でも、「受け手を取らなかった」ので倉田裁判長は第3回口頭弁論で被告歯科医に「最終準備書面を出すならば最終弁論に提出せよ」としたのである。にもかかわらず被告歯科医が最終弁論でも原告患者の王手に対して何もできなかったと言うことは当然に「裁判という将棋」は原告患者の勝ちである。
「裁判調書は審議の流れが記録されている。」
裁判調書はある意味、「将棋の棋譜」のようなもので審議の流れが記録されている。上級審はこの「将棋の棋譜」に相当する裁判調書を読むことで第1審の「争いのポイント」を把握するのである。
裁判調書に被告歯科医が最終弁論で被告第8準備書面を陳述したと記載されていれば控訴審裁判官は当然にそのまま信じて「裁判のポイント」を正しく把握することができない。上告を受けた最高裁判所もまたできない。裁判調書の改ざんはそのような恐ろしい「誤審の連鎖」を生む。
「第1審裁判官による裁判調書の改ざんは再審請求理由になる。」
「今までの再審請求理由主張」
65.66号の「完成度を高めた再審請求上」の
第3項
1 「被告歯科医は第1審で原告攻撃に対して防御できなかったのだから原告患者が勝っていた。」
2 「第1審裁判官はどのように判決してもかまわないが裁判調書には正確に記載する法的義務があった。」
3 「第1審の3回ある進行協議は実際には最初の2回は口頭弁論準備手続きだった。」
「今回より明確になった再審請求理由の主張」
今回は第1審の裁判調書が事実を記載していないことについて「正確な記載ではない」との主張から「第1審裁判官が改ざんした」との主張に変化している。
これは、「ブログの進行によって私の言いたいことがより明確になった」ためである。
裁判調書は裁判所書記官が書き、裁判長が認め印を押すことで正式な公文書になる。
倉田裁判長が促したにもかかわらず第1審の最終弁論で被告歯科医が最終準備書面を提出できなかったことは「判決に関わる重要事項」であり、倉田裁判長は裁判官であるから当然にそのことを知っている。
にもかかわらず、実際には最終口頭弁論で提出していない「被告第8準備書面」の陳述が最終口頭弁論であったと裁判調書に記載されていることは第1審裁判官が「裁判のルールを曲げたことを控訴審裁判に隠す目的でやった」としか考えられず、今回から「第1審裁判官が裁判調書を改ざんした」とより明確な主張をするものである。
以上
グーグルの人、このようなテーマをおもしろく書く力量は今の私にはありません。すいません。
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