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「私の裁判は法廷の人の数が少なかった。」
アメリカの裁判小説では陪審員や原告被告やその弁護士など法廷に多くの人が登場するが私の体験した裁判では法廷の人数はとても少なかった。
第1審の第1回口頭弁論は100人ほど入れそうに大きな法廷だったが被告も被告弁護人も出廷しなかったので裁判官3人と書記官1人と私の5人で開廷した。
第2回口頭弁論は被告と被告弁護人が出廷して7人になって少し賑やかになったが最終口頭弁論は被告が来なかったので6人だった。
控訴審では歯科医は1度も出廷しなかったので3回の口頭弁論の当事者は私と歯科医弁護人の二人だけだった。
このように私の裁判では第1審も控訴審も法廷の人の数はとても少なかった。
「裁判の手順に省略がある。」
私の裁判では裁判長が私に「原告第20号準備書面の陳述をしてください。」と言って私が「はい」と返事をすれば陳述したことになった。このような「手順の省略」はアメリカの裁判小説では出てこない。
「日本の証人は偽証をしても平気である。」
アメリカの裁判小説では裁判官は偽証に対して非常に厳しい態度をとっている。私の体験した裁判では裁判所は偽証を歓迎しているかのようにさえ見えた。
実際に後で知ったことだが、日本の裁判ではどんな偽証をしようと偽証罪に問われることはほとんど無く、「裁判で嘘をついてはいけない」と思っているのは裁判をよく知らない人だけらしい。
後の知識だが、「偽証罪は刑事罰があるにもかかわらず、当事者は刑事告訴ができ無いと言う不思議な法律であった。」
「日本の裁判は原告の財布にやさしい」
アメリカの裁判小説では裁判にとても大きなお金がかかっているが日本の裁判は本人訴訟を認めており、
弁護士費用なしで裁判が受けられる。また、専門家についても日本の裁判は「裁判所専門委員の意見」の費用を全額裁判所が負担してくれてとても良い。日本の裁判はお金があればあったような裁判ができるだろうが、無くても無いなりの裁判が受けられるのでとても良い。
「日本の裁判は時間がかかる」
アメリカの裁判小説では陪審員の関係もあり、短期間で一気に審議しているが日本の裁判では審議と審議の間が数ヶ月開くことは良くある事で判決までとても時間がかかる。また、審議と言っても医療裁判で口頭弁論準備手続きの場合、1回がだいたい30分程度でありとても短い。
私は審議の期間が3ヶ月空くと「1日待って審議時間が20秒もらえる」とか良く割り算していた。
「日本の裁判は閉鎖的である」
弁論準備手続きとかは非公開であるし、準備書面については陳述が省略されるため傍聴人には準備書面の内容は分からない。この辺はアメリカの裁判に比較してとても閉鎖的である。
以上
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