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ここで書く牧師(正式的には元牧師ですが)は、第二次世界大戦1941年(昭和16年)の北アフリカ戦線ハルファヤ峠での話です。1941年5月ハルファヤ峠を占領したエルウィン・ロンメル将軍率いるドイツ・アフリカ軍団は、対英国軍防衛の為に守備隊を置きます。そのドイツ軍守備隊を率いていたのが、守備隊長の元牧師であるウィルヘルム・バッハ大尉です。(上の写真) バッハ大尉は、平時は牧師で予備役軍人でした。第二次世界大戦が始まり、牧師から軍人へなったバッハ大尉、普通の牧師や神父なら従軍牧師になるのですが、あえて従軍牧師を選ばずドイツ軍将校となり、歴史に残る伝説的な戦いを残します。 1941年6月にバッハ大尉率いるドイツ軍守備隊が守るハルファヤ峠へ英国軍が2個師団を送りこみ攻めて来ます。バッハ大尉率いる守備隊は、1個大隊しかなくどう見ても不利な戦いでした。 しかし、このバッハ大尉は切り札を2つ持っていました。1つはハルファヤ峠の険しい地形を上手く利用して防御陣地を作った事と2つはドイツ本国から送られた88ミリ高射砲を防御陣地に設置して対戦車戦が出来る様にしたのです。 攻める英国軍は、マチルダ歩兵戦車と歩兵まで出してハルファヤ峠を守るドイツ軍守備隊へ攻撃をしましたが、バッハ大尉率いるドイツ軍守備隊は、88ミリ高射砲を対戦車戦に利用して英国軍のマチルダ歩兵戦車に対し、射撃を開始、英国軍のマチルダ歩兵戦車を命中させ大損害を与えました。その時の英国軍の戦車指揮官は本部へ無線連絡した後に88ミリ高射砲の弾丸が命中し絶命しております。大損害を受けた英国軍はハルファヤ峠を「ヘルファイヤ峠」と名付、ハルファヤ峠を守ったドイツ軍守備隊率いるバッハ大尉を元牧師だと言うので「煉獄の牧師」「業火の牧師」と呼んだのでした。 ハルファヤ峠を守り通したバッハ大尉は、ロンメル将軍から勲章を頂きましたが、アフリカ戦線のドイツ軍の旗色が悪くなり、その戦いの中、英国軍から「煉獄の牧師」「業火の牧師」と言われたバッハ大尉は1942年12月22日に戦死しました。クリスマスイブの前々日に亡くなったのです(T_T) |
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暇つぶしにひとことを見ていて、気になりしました。全く知らない話しでした。ありがとうございます。
2012/12/24(月) 午後 6:37 [ ロマンチッカーnao ]
バッハ大尉、88ミリ高射砲を対戦車戦に転用した有名な話ですね。
2012/12/25(火) 午後 6:39
ロマンさん、コメント遅れて申し訳ありませんm(__)m
北アフリカの戦場で散って行ったドイツ軍の牧師ウィルヘルム・バッハ大尉についてあまり知られていない様ですね。
この事を漫画家のホリエカニコさんがウィルヘルム・バッハ大尉について書いて欲しいです。
クリスマスイブの前々日に戦死した事は、牧師であったウィルヘルム・バッハ大尉と縁があったと私は思います。
2012/12/27(木) 午後 4:01 [ さいたま ]
ぶらりさん、いつもコメントどうもありがとうございますm(__)m
バッハ大尉の88ミリ高射砲を対戦車用に使用した事は、歴史・戦記ファンか模型ファンでしか知られていない事です。中世時代なら僧兵の武蔵坊弁慶など宗教家が戦場で戦っていますが、近代になって宗教家が国軍正規兵で戦争に参加するのは珍しくケースです。
一般人にも第二次世界大戦中の北アフリカの戦場で戦い散って行った牧師ウィルヘルム・バッハ大尉について知って欲しいです。
2012/12/27(木) 午後 4:14 [ さいたま ]