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オリエンテーション期間である1週間はあっという間に過ぎた。その一週間の間に直哉と友則は旅行サークルに入った。
きっかけは、正門のところで「かわいい子と世界を旅行できるよ」と誘われたからだ。ただ実際入ってみると、たしかにかわいらしい子はいたが、ここ数年は国内しか旅行していないということがわかった。
コンパは水道橋駅の近くの小さな居酒屋で行なわれた。貸切である。このサークルの行きつけであるらしく、先輩たちは店員さんと親しげに話していた。
「それでは千代田学院大学旅行サークル、バケーションに入ってくれた一年生に出会ったことを祝して、かんぱーい!」
あたりを改めて見回してみて驚いた。氷見がいるのだ。となりの友則にそれを報告した。
「あ、ほんとだ。おまえ、つけまわされてるな。」
「ああ、気持ち悪い。」
「なに、もう酔っちゃったか?」正面に座っていた先輩が話かけてきた。名前を、たしか野田高幸と言ったはずだ。
「いえいえ、大丈夫です。高校のときから少し呑んでましたから。」
「法学部として失格だな。加賀君と友達か?」
「はい、高校からの。」友則が答えた。友則はもう顔が赤い。
「どうよ、大学は?」野田はグラスのビールを一気に飲み干した。それをすかさず友則がビールを注いだ。
「気が利くね。」
「高校のとき、運動部だったので。」
「上下関係が厳しいんだろ?おれ、入ったことないからよく知らないけど。」
「ここって厳しいんですか?」直哉は不安そうな声で聞いた。
「旅行するのに厳しかったら、つまらないだろう!」野田は笑いながら答えた。たしかにそうだ。
「今年はどこに行く予定なんですか?」
「海外だ!」
「いくらくらいかかるんですかね?」こんどは友則が不安な声を出した。
「ま、毎年の目標は海外なんだけどね。夏休み直前になると、全員金を持ってないから国内に変更になる。」
「野田ぁ、へんなこと吹き込んじゃダメだよ!」
「そうだ、そうだ!」野田のとなりにいた女性2人組みが割り込んできた。
「今年はなにがなんでもハワイに行くんだからね!」このひとは岩瀬香織だ。
「金貯めておけよ、新一年生諸君!!」このひとは水橋京子だ。
「おまえら。もう酔ったのか。加賀君と輪島君が引いてるじゃないか。」
「引いてないよねぇ。」
「ええ。」正直、ドン引きだ。
「ふたりは海外に行ったことある?」水橋が聞いてきた。手にはきついにおいの焼酎の入ったグラスが握られている。
「おれはないです。」
「おれはパリに。」友則が答えた。
「パリかぁ…、いいなぁ!凱旋門にルーブル!おお〜シャンゼリゼ!」岩瀬が歌いだした。
「無視してもいいからな。」野田が申し訳なさそうに言った。
そのとき直哉は冷たい視線を感じた。振り返ると氷見がジッ、と見ていた。
一次会は8時に終わった。「カラオケ行く人ぉ!?」代表の舟橋が大きく手を振っている。
「行こうぜ。」友則が言った。
「おう、ちょっと待っててくれ。舟橋さんにおれも行くって伝えてきてくれ。」
氷見はカラオケには行かないようだ。神保町駅のほうへ歩いていく。それをうしろから捕まえた。
「なぁ、おれおまえになにかしたか?」片手で肩を捕まえながら聞いた。
「なにも。」冷たい目だ。
「友則…いや、加賀に聞いた。おまえはおれに仇を討ちたいと話していたそうじゃないか。」
「『復讐したい』、と言った。」
「なんでだ、おれが何をしたんだ?」
「おれの名前は氷見高弘だ。」
「で?」
「思い出さないか?」氷見はにやっと笑った。
「なにを?」直哉は背筋が寒くなった、こいつはなにを言い出すんだ。
氷見はふたたび冷たい視線を直哉に浴びせると、向きを変えて神保町駅のほうに歩き出した。
「輪島君はカラオケに行かないのか?」野田が声をかけてきた。
「あ、行きます!」振り返って答えた。
「あの子はたしか、氷見君と言ったかな。友達か?」野田は氷見の背中を見ながら尋ねた。
「いえ。」直哉も氷見の背中を見ながら答えた。
「不思議…な雰囲気の子だよね。」
氷見の歩く早さは、速かった。
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