絶対絶命のチャーンス!

いたってフツーな日記調のブログです。ただ、「変わっているやつ」が書いているので、「フツー」じゃないかも・・・

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『所縁』 第九話

 「飛騨山脈って、北アルプスのこと?」佐倉が聞いてきた。
 
「そう。」



旅行サークル、バケーションの主要活動である夏季旅行の行き先は信濃大町に決まった。

春先に野田が言っていた「金がないから海外に行けない」というのはうそで、実は先輩たちの多くが飛行機嫌いだからであるということは、もう一年生の中でも周知の事実だった。


そして飛行機嫌いの筆頭が、強硬にハワイ行きを新歓コンパで主張していた岩瀬と水橋だと言うのだから笑える。



「なんで北アルプスなんだ?」高岡が窓の外の梅雨明けの空を眺めながら聞いてきた。今日は30度を超えると、朝、天気予報で言っていた。






「代表の先輩のおじさんが信濃大町の山の中でペンションをやっているらしいんだ。」つまり安く済む、ということでもある。あながち「金がないから」というのも真実かもしれない。



「お、カップル様がお出ましだ。」高岡は食堂の入り口を見ていった。黒部と愛川が入ってきた。付き合い始めて、そろそろ一ヶ月じゃないだろうか。


「おい、氷見、見たか?」黒部が座るなり言った。


「なにを?」三人とも声がそろった。


「氷見君がね、髪を染めてきたんだよ!」


「マジで!?」愛川の報告に三人とも驚いた。


「それだけじゃない、なんかすごい社交的なんだ。」


「社交的ってなんだよ?」直哉は問いただした。


「つまり…社交的なんだよ。」


「つまってねぇよ!」高岡がイラッとした声をあげた。


「あのね、わたしたちもさっき話しかけられちゃった。」


「氷見君に?」佐倉が確認した。


「そう、同じクラスの子に積極的に話しかけているらしいよ。」


「へぇ、氷見がねぇ。」高岡は椅子に深く座り込んで、やや上を向きながらつぶやいた。


「なんて話しかけられたの?」佐倉が聞いた。ものすごい興味があるようだ。


「『二人は付き合ってるんですか?』って!」


「そうです、って答えたのか?」高岡がにやにやしながら聞いた。



「そうです、じゃない。当然です、と答えた。」黒部らしい、よくよく考えてみると意味不明な回答の仕方だ。


「ほかの子はなんて話しかけられてるの?」


「ひとによってばらばらみたいよ。」


「『高岡君は嫌味な人間ですね』って話しかけられるんじゃないか?」


「『黒部君は語彙力がないですね』って今度は尋ねられると思うぞ。」また二人の醜い応酬が始まった。


「直哉、たしか氷見君と同じサークルだよね?」佐倉が聞いてきた。2ヶ月前に、5人の間では下の名前で呼び合うことが決まった。佐倉は美保、愛川は博美、黒部は太陽、高岡は陽介だ。


「うん、だけどあまり話したことはないし、そもそもあいつはあまり来ない。」月2回くらいだろうか。


「きょうサークルに行ったら、氷見君いるんじゃない?」


4人には「恨まれている」ことを話していない。理由は、何となくだ。




  放課後、部室に行くと、そこは株式市場のようだった。株券ならぬノートが飛び交い、あちこちでノートを求める声が上がっていた。


「350円かぁ!!」「うお、おれあと200円しか残ってない!」なんの話かと思ったら、ノートをコピーするための代金だった。


つまりあるやつは35ページ分のコピーが必要であり、あるやつはコピーしすぎて財布の中に200円しかもう残っていないということなのだ。来週から前期末試験が始まる。大学には来るものの、講義には出ないやつが多かった。その結末がこれだ。最初から出とけばいいものを。





「輪島、民法総則の去年の問題が手に入ったで!これ、おまえにもコピーさせてやるから、おれのコピー代、出してくれへんか!?」そう言ってきたのは、さっき財布の中にもう200円しか残っていないと言っていた千葉だ。こいつが一番講義に出ていないはずだ。まず、部室でしか見たことがない。


「マジで?そいつはありがたい。出してやろう出してやろう!」去年の問題、というのはそれだけ価値がある。


コピー機の前は長蛇の列だった。


「これ、どうやって手に入れたんだ?」


「これか?おう、氷見や。」


「氷見?」


「おう、そういやおまえきょう氷見、見たか?めっちゃ変わったで!」


「ああ、話は聞いたよ。」


「髪を茶髪に染めてな、それでなんかこう、なんて言うんやろうな…そう、社交的やねん。」どいつもこ
いつも「社交的」としか表現できないのだろうか。


「話しかけてくるんだろ?」


「そうや。さっきもな、『千葉君、去年の民法の問題、コピーするかい?』ってな。いや、なんや気持ち悪いやつや思ってたけど。神様、仏様、氷見様や!」


ようやくコピーをとり終え、部室に戻ると友則がいた。


「鴨川様!こんどケーキおごるから、憲法のノートをコピーさせてください!」



こいつもか。朝早いのが苦手な友則が1時間目の憲法に出席するのはまれだった。もしかしたら、1回も出席したことないかもしれない。


「じゃ、新宿伊勢丹の地下のケーキね。いま期間限定のやつが出てるの。」


「ありがとうございます!」



友則がノートをようやく借りて、こっちに来た。


「ノートなら貸すぞ?」


「おまえの字、汚いじゃん。」こいつ、ひとが気にしているところ突いてきやがった。


友則が部室から出て行くと、氷見が近づいてきた。たしかに茶髪になっている。そして、スポーツ刈りに近い、すっきりした髪形になった。


「去年の憲法の問題、いるかい?」氷見が笑っているところを初めて見た。


「…。あ、じゃ借りようかな。」


「どうぞ。」


友則を追いかけた。友則はすでにコピー機の前に並んでいた。


「氷見に話しかけられちゃったよ。笑顔で『どうぞ』なんて。」


「よかったじゃないか、恨まれなくなって!」


「そうだな。なんだったんだろうな、あれ。」ただ、さっきの笑顔、どうも気になる。


「さあ、終わったことはもう気にするな。」能天気なやつだ。


友則はコピーを終えると、「じゃ、戻ってるよ」と部室に先に帰った。直哉は去年の憲法の問題をコピー
して、部室に向かった。


その途中だった。


上からなにか黒い液体が降ってきた。最初は何がなんだか、よくわからなかった。くちびるがしょっぱい。醤油だ。手に持っていた憲法の問題は醤油で黒く染まってしまった。さっ、と見上げる。そこには誰もいなかった。

「くそ…。」


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