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翌朝5時。1年生と2年生の半分は1便で扇沢に向かった。アルペンルートは、正式名称立山黒部アルペンルートという。長野県大町市からトロリーバスやロープウェイ、ケーブルカー、バスを乗り継いで3000メートル級の北アルプスを貫通し、富山県富山市まで至る。
黒部に「夏。アルペンルートに行くんだ。」と話したところ、「おれの名前、黒部太陽だろ。由来はうちの両親が、『黒部の太陽』っていう映画が好きだからなんだ。」と話し始めた。
黒部の話によれば、『黒部の太陽』は黒部第四ダム建設の苦難をテーマにした映画らしい。ビデオ化を石原プロがしないことから、「幻の映画」とも呼ばれているらしかった。その黒部第四ダムがこのアルペンルートにあるらしい。
「あそこはすごい。」黒部は思い出すように遠くを見ながら語った。「険しい峡谷の中にあるんだ。あのすばらしさは実際に見ないとわからない。」
黒部は『黒部の太陽』ファンの両親に連れられ、何回も行ったことがあるそうだ。
「去年行ったときの写メだ。」
「あ、なんとなく見たことがあるような気がする。」そこにはダムの横からの映像があった。この放水の様子、何回かテレビで見たことがある。
扇沢は朝早いにもかかわらず、すでに多くの観光客がいた。ほとんどが重装備だ。
「なあ、見てみろよ。あのリュック、あのくつ、あの装備。それに比べておれたちは何だ?500ミリのペットボトルと昼飯しか入っていないリュック、スニーカー、手にはデジカメのみ。完璧に山をなめてるな。」直哉も友則に同感だった。
代表の舟橋によれば、アルペンルートは「ハイヒールでも行ける」らしいがこの様子から、そうは思えない。
しばらくすると後発の先輩陣が到着した。まずは扇沢から関電トンネルトロリーバスに乗り込み、黒部ダムへ向かう。そして黒部ダムの上を徒歩で歩いてケーブルカーの駅に向かう。歩きながら、ダムの下をのぞきこんだり、周りの山を見渡してみたが、なるほど黒部があれほど感動するわけだ。
そうした感動に浸りつつケーブルカーで黒部平に向かう。黒部平からはロープウェイ。大観峰からは立山トンネルをトロリーバスで抜け、室堂に着く。ここがアルペンルートで最高の標高を持つ。標高は約2500メートルだ。
室道駅の出入り口で一旦全員集合した。「それではきょう半日、ここで過ごす。お花畑に行くのもよし、地獄めぐりをするのもよし、体力に自身があるものは主峰の雄山に登るのもよし。自由に過ごしてくれ。16時半に集合はここだ。よし、解散!」
立山は主峰の雄山、大汝山、富士の折立の三つの山の総称だ。最高峰は大汝山の3,015メートル。これは北陸で一番高い。この室堂はその立山の下に広がる台地だ。みくりが池といった池や、地獄谷などがある。
そしてこの台地は立山連峰の山々への基地でもある。この室堂までは乗り物に乗っているだけで着くが、ここからさらに登るためには扇沢で見たような装備が必要となるわけだが、代表の舟橋の言葉を鵜呑みにした直哉たちはハイヒールではないにしてもあまりに軽装だった。だから室道散策で半日をつぶすことにした。
「この水、おいしいよ!」鴨川、内灘、泊が駅前にある水飲み場で叫んでいる。
直哉と友則、千葉は近づいていってみた。
「でかいなぁ、『玉殿の湧水』か。」水飲み場のすぐ脇にある石碑にある文字を友則は読んだ。
柄杓で水をすくって飲んでみると、たしかにおいしかった。6人は水飲み場の左側の道を進んでみることにした。室堂は低い松や草が生い茂る草原だ。そのみどりの中にイワカガミのむらさき色や、シナノキンバイの黄色、チングルマの白色が見事にあわさっている。道の右側には10メータくらいの急斜面の下にあるみくりが池は、深いみどり色の湖面に立山の山々を映していた。
正面には黒いごつごつとした山がそびえている。剣岳、というらしい。立山は古くから信仰の対象となっている。主峰の雄山は天国で神が鎮座する場所。そして剣岳は針山地獄。しばらくすると硫黄のにおいがしてきた。
「この先は地獄谷みたいやな。」千葉はいつ手に入れたのか、地図を見ながら言った。
「ねぇ、温泉があるみたいだよ。」内灘が指を差して言った先には白い建物に、黒い字で「みくりが池温泉」とあった。
「この温泉は日本で標高が高いところにあるらしい。」千葉がまた地図を見て言った。
「入っていきたいけど、着替えもタオルもないな。」直哉が残念そうにつぶやくと、全員ため息をもらした。代表の言葉を鵜呑みにした自分たちが悪かった、そういう意味がこめられていた。
「お、氷見くんと鹿島くんだ!」内灘はまた指を差した。
「おまえらも地獄谷か?」友則が叫んだ。
直哉はただ黙って、氷見を睨んだ。氷見は気づいたがすぐに視線をそらした。
「いや、ぼくたちはいまやめたところだよ。」氷見が答えた。
「なんでや?」千葉は聞き返したが、瞬時に理解した。室道から地獄谷に下りる坂はあまりに急だった。
行きはくだりだが、帰りはこれがのぼりに変わる。言っては悪いがガリガリの氷見とデブの鹿島が、これを往復する気は起きないだろう。
「ぼくたちはみくりが池を一周するよ。」そう言って、氷見と鹿島は行ってしまった。
「どうする?」友則が聞いた。
「地図によれば、地獄谷に下りてもここを登らないで雷鳥沢から室堂に帰って来るコースがある。」
千葉が言うとすかさず鴨川が、「雷鳥沢から戻ってくるときは急じゃないの?」と聞いた。
「知らん。書いてない。」
「とりあえず、せっかく来たんだし下りてみようよ。」その内灘のひと言に、全員賛成した。
「坂が急だから行きたくないなんて、ばばあの言うことだ!」鴨川が自棄とも思える言葉を吐いて、先頭を切って下りていった。そのあとを5人は続いた。
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