これまで、小樽の子どもの学力低下をめぐって少々考えてきましたが、今回は少し見方を変えて、いったん形成された学力が、卒業後、社会人となってどのくらい定着しているか、どのぐらい活用されているのか、という問題を考えてみたいと思います。学校で身についた学力が5年後、10年後にどのように定着しているか、剥がれ落ちて残っていないのか、という問題です。
学力の剥落とは、いったん習得したかにみえる学力が、数年たつとかさぶたの落ちるように剥げ落ちることをいい、当初は、学校卒業後におこるものと考えられていました。
私自身にとっても、非常に頭の痛い問題です。小学校6年生の算数、中学校3年生の英語や数学どこまでできるか?ちょっと、あぶない?ちょっとどころか、相当あぶない。問題は、それが個人の努力とか、頑張りとかの問題じゃなくて、学校の制度、教育課程、学習指導要領、教科教育法の問題として、どう考えるかです。
しかし、この現象が在学中におこり、上級学年、上級学校に進むことで返って剥落が進むことが知られてきました。
子どもの学力低下ばかりでなく、我々大人の学力低下が実はもっと問題だということは、うすうす感じてはいたものの、やっぱりか、といった感じです。
そして、さらにこのことを最初に指摘したのは、小樽とも関係の深い有名な教育者、芦田恵之助です。国語の綴り方教育運動の指導者として、大正から昭和戦前期に小樽にも足を運び指導されました。
緑小学校の門の前に、有名な「共に育ちましょう」という言葉を刻んだ石碑が建立されています。
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