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昨日、2月9日(木)午前、北海道立近代美術館で開催されている創立60周年記念、北海道銀行コレクションで、ひさしぶりに木田金次郎と対面してきました。この展覧会は、道銀の創立60周年を記念して、有名な初代頭取、島本融をはじめ、歴代のトップが、企業の社会的貢献、フィランソロピーの一環として収集した美術品をよりすぐった展覧会となっています。
木田作品は、1954年作の「りんご」をはじめ初期から晩年まで油彩13点、デッサン10点が展示され、さすがという見ごたえのある展示となっています。なかでも、積丹の漁港や菜の花畑の油彩は、圧巻でした。
奇しくも、いまから遡ること93年前の、大正8年(1919年)2月9日と10日の両日、東京麹町区下六番町にあった有島生馬のアトリエで、前年9月、「生まれ出づる悩み」を発表した有島武郎は、木田金次郎の習作(鉛筆画?)35点からなる展覧会を催し、前日までの大雪もすっきり上がった天候も幸いして、130人の来場を見る大盛況で、売約も100円(現在の10万円ほど)にのぼったという記録があります。
木田の上京をおもいとどまらせた有島は、一人の前途有望な芸術家の進むべき道に大きなコミットメントをもった高揚感と責任感に、自身奮い立つ思いだったのかもしれません。
「生まれ出づる悩み」は、木田と有島の火花の散るような魂の邂逅を表現した稀有な文学作品として、永遠に古くならない魅力を持ち続けていると思います。
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