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アメリカメジャーリーグの開幕戦のセレモニーを見ていた。
相変わらず、派手な星条旗(グラウンドの半分を占めるほどの大きさ)。ちらっと思ったのだが、日本シリーズで同じくらいの日章旗を出したら、きっと隣国から文句が出るだろうし、旭日旗だったら煙を吐いて焼死するだろうな。

アメリカでは、これ以外でもフットボール他のセレモニーでも大げさな星条旗の掲揚と国家の独唱をやる。
何かのセレモニーのたびにだが、我が国では極めて地味に国旗掲揚と国歌斉唱を行う。最近はそうでもない例も散見するが、アメリカほどではない。

これは、アメリカという国家がSTATESという人工国家であり、NATIONという自然成立国家ではないからではないだろうか。

常に、機会あるごとに「一つの国家である」ということを確認せざるを得ないというか、確認することが必要、あるいは確認したいという意識が働いているのではないか。

我が国では、いちいち確認しなくても「日本」という自然国家が国土と不可分に存在し続け、それから成立した「自然な国家意識」があった。尤も、その意識は、所謂西洋的国家観での意識ではない。

しかし、明治維新の外圧で、自国を守るためには西洋的国家観を受け入れざる得なくなり、そのもとで国家主義という体制で自衛しなくてはならない必要性に迫られ、最終的には全体主義的な国家観を無理強いされた、というべきだろう。

それら自然国家観と無理強いされた国家観(イデオロギーにもとずく国家観と言っていい)の間で起こる様々な軋み音が、我が国では未だに極めて不愉快な音となって反響している。

自然国家観では、我々はいちいち国歌斉唱や国旗掲揚をしなくても、自然人である日本人としてふるまえる。自然人たる日本人が国歌斉唱や国旗掲揚をしなければならないのは、唯一「外国」というものを対照的に置かねばならない時だといえる。国内での様々なイベントで、わざわざ「日本人」であることの確認など、自然人である日本人には必要ではない。

ところが、イベントにおいては、上は政府主導のイベントから、下は小学校幼稚園の入卒園式まで、国歌斉唱なり国旗掲揚なりをする。否、それ以前にでも、する、しないでも論争する。その前に、しなければならない理由はあるのだろうか、と立ち止まって考えることがないことを疑問に思う。

政府主導のイベントについては、「これは日本国」という国家が主催するイベントですよという象徴的意味合いから、それがあってもいい。しかし、地方、あるいは学校レベルなら、やるなら校歌とか、もっと狭い範囲でのアイデンテティを確認できる儀式であっていいと思う。現実に、そのようなイベントでは、校歌も斉唱するし、部歌、応援歌、エール、即席の御手を拝借まで、何でもやっているだろう。なぜ、そのような儀式が必要なのか。それは、学校にしろ、会社のしろ、地方団体にしろ、それはすべて「人工的」に作られたものであり、それへの帰属を確認することが必要だからだ。が、それに対して自然に成立した「日本人」であることの確認など、そのレベルでの会合なりイベントでは必要がないように思うのだ。

ところが、敢えて国旗掲揚国歌斉唱を「する、しない」でもめるのは、「する」という者も「しない」という者も、日本という国家が「人工的」なものだという「イデオロギー国家観」に基づいているからだろう。

「しろ」という者の主張は、国民の国家への帰属心は常に繰り返し刺激し、確認しないと薄れるものだ、という信念ともいえる確信を持っており、この帰属心を愛国心と勘違いしてはばからない。

「するな」という者の主張は、国家も国旗も、先の大戦で全体主義国家間の象徴に使われたもので、その使用はそのような国家観を是認するものだということだろう。ところが、この者たちの主張には、「国旗掲揚国歌斉唱」の妥当性については、全く触れないでいる。では、我々日本国民が、どのような国家観で、それの基づく国旗、国歌を持つべきかと問えば、国民みんなで考えましょうというに違いない。では、その「国民」、つまり、自然に成立したはずである「日本」という国家に住む人々を、民主国家という西洋的国家観の中で改めて「国民」と呼び、その国民の下で人工的国家として作り替えましょう、というに等しい。これでは、日本に生まれた人々は、西洋的国家観を受け入れなければ国民となれない、ということになる。それを承知だからこそ、彼らは日本という国家が成立した過程というべき「歴史」を全否定してはばからない。しかし、そうなると、現在の「国民と国家の存在」の矛盾を説明できないために、都合のいい「歴史」を作り上げようと躍起になる。つまり、マルクス主義的歴史観に基づいて、NATIONである日本を否定し去るということである。

結局、どちらの主張も、「日本」という自然成立国家を、素直に認め、その過程の中で「日本人」「日本という国家」が成立してきたと言うことを受け入れられないのだろう。

その大きな原因は、「イデオロギー」である。国家、国民を考えるときに、イデオロギーを通してしまうと、不毛の議論に陥るしかないことを、知るべきだろう。

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