|
土人発言があった。
発言というより「罵り」だろう。もっとひどい「罵り」に我慢できずに「罵り返した」言葉だったことが、動画からも覗える。
その言葉だけを取って「差別だ、それが沖縄に対する権力者側の基本意識だ」と言わんばかりの地元メディアや知事の態度は、全くの政治的陰謀と言っていい。
このようなやり方が、沖縄にとっていいことだとは、到底思えないし、むしろ今まであった沖縄への同情、沖縄問題への関心を捻じ曲げてしまうだけだろう。
ところが、今回の事件について、極めて大人の態度を取った大阪松井知事に対しての毎日新聞の報道や、沖縄北方担当相の発言に対するメディアの態度は、沖縄問題の解決を暗くすることはあっても、何の益ももたらさない。
更には、大阪府警の処分の速さなど、それこそ「あいつらはうっとおしい存在だし、放っておくこと。触らぬ神に祟りなし」と言うぐらいのスピードでの決定。これに満足している活動家たち。鬼の首を取ったが如きの有様だが、実は「無視」されていく過程であることに気づかない。つまり、存在自体見えない「祟り神」にされていっていることに気づかない哀れな存在。
さすがに朝日、毎日も少しは気づいたようで、あまり触れなくなった。
最近高江には韓国人も入り込んで活動をやっているようだ。自国の紛争に外国人を引き込んでも当然とする態度は、日本以外のアジアで欧米列強の干渉を受ける基になった行動なのに、そんな基本的ない歴史認識さえ持ち合わせない連中。
その活動の中心人物と手を取り合って写真に納まって、満足げな野党政治家や底の浅い自称評論家、ジャーナリスト。
高江で取られた動画(若い施設庁職員を取り囲んで吊し上げ、罵詈雑言を浴びせる動画)を見て、この者たちは何も感じなかったのだろうか。当然と言わないまでも、正しい活動を守るためのことをしている、少々過激になっても仕方がない、とでも思っていたのだろうか。
もし、そうなら(いや、そうなのだろうと思える事実が山ほどあるが)、彼らはすでに、事実を事実として認識する視野(知恵と言っていい)を全く失っている。
女性も含めた多くの活動家、それもどう見ても65歳以上の年齢の人々が、一人の若い20台とも思える職員の頭を抑え込み、罵詈雑言を浴びせかけ続ける動画。
この動画を見た若い世代が、どのように感じ、受け取るるかという視点を見失っている野党政治家や自称評論家、ジャーナリスト、」メディア関係者たち。
ことの内容がどうであれ、画像から受ける感覚は
「働かず、年金寄越せと我々の少ない給与を搾り取り、挙句は働く若者の頭の上から罵詈雑言」
そのような画像がマスメディアに載らなければ載らないだけ、若者の感情の中ではマスメディアへの反感が強まり、同時に世代間格差とかい離が広がっていくことに気づいていない。
アメリカの選挙でのサイレントマジョリティは、日本においては日々、平凡でも地に足をつけ、ささやかな夢でも実現させようと頑張っている若者たちであることに、全く気付いていない。
いや、実は気づいているから、ほんの少しの、もともとカルトなどに染まりやすい性質の若者をとらえて煽て上げ、シールズなどという団体を作らせ、押し立てた。しかし、それも多くの若者から白眼視されると、発展的解消などという、前世紀に使い古された(左翼活動家が、セクトを維持できずに盛んに使ったフレーズなのだが)フレーズを使って消し去った。
真実はネットにこそある、というバカは、本当は少ない。しかし、少なくともメディアは真実を伝えない、という真実を知っている若者は極めて多い。この情勢は決して健全とは言えないかもしれないが、既存メディアとそれを権力化している体制を解体しるには必要な「負」のエネルギーだろう。
その「負」のエネルギーが、途方もない制御不可能な奔流になる前に、マスメディアは自己を真摯に、且つ事実を事実として見つめなおさねばならない。
|
全体表示
[ リスト | 詳細 ]
|
アメリカメジャーリーグの開幕戦のセレモニーを見ていた。
相変わらず、派手な星条旗(グラウンドの半分を占めるほどの大きさ)。ちらっと思ったのだが、日本シリーズで同じくらいの日章旗を出したら、きっと隣国から文句が出るだろうし、旭日旗だったら煙を吐いて焼死するだろうな。
アメリカでは、これ以外でもフットボール他のセレモニーでも大げさな星条旗の掲揚と国家の独唱をやる。
何かのセレモニーのたびにだが、我が国では極めて地味に国旗掲揚と国歌斉唱を行う。最近はそうでもない例も散見するが、アメリカほどではない。
これは、アメリカという国家がSTATESという人工国家であり、NATIONという自然成立国家ではないからではないだろうか。
常に、機会あるごとに「一つの国家である」ということを確認せざるを得ないというか、確認することが必要、あるいは確認したいという意識が働いているのではないか。
我が国では、いちいち確認しなくても「日本」という自然国家が国土と不可分に存在し続け、それから成立した「自然な国家意識」があった。尤も、その意識は、所謂西洋的国家観での意識ではない。
しかし、明治維新の外圧で、自国を守るためには西洋的国家観を受け入れざる得なくなり、そのもとで国家主義という体制で自衛しなくてはならない必要性に迫られ、最終的には全体主義的な国家観を無理強いされた、というべきだろう。
それら自然国家観と無理強いされた国家観(イデオロギーにもとずく国家観と言っていい)の間で起こる様々な軋み音が、我が国では未だに極めて不愉快な音となって反響している。
自然国家観では、我々はいちいち国歌斉唱や国旗掲揚をしなくても、自然人である日本人としてふるまえる。自然人たる日本人が国歌斉唱や国旗掲揚をしなければならないのは、唯一「外国」というものを対照的に置かねばならない時だといえる。国内での様々なイベントで、わざわざ「日本人」であることの確認など、自然人である日本人には必要ではない。
ところが、イベントにおいては、上は政府主導のイベントから、下は小学校幼稚園の入卒園式まで、国歌斉唱なり国旗掲揚なりをする。否、それ以前にでも、する、しないでも論争する。その前に、しなければならない理由はあるのだろうか、と立ち止まって考えることがないことを疑問に思う。
政府主導のイベントについては、「これは日本国」という国家が主催するイベントですよという象徴的意味合いから、それがあってもいい。しかし、地方、あるいは学校レベルなら、やるなら校歌とか、もっと狭い範囲でのアイデンテティを確認できる儀式であっていいと思う。現実に、そのようなイベントでは、校歌も斉唱するし、部歌、応援歌、エール、即席の御手を拝借まで、何でもやっているだろう。なぜ、そのような儀式が必要なのか。それは、学校にしろ、会社のしろ、地方団体にしろ、それはすべて「人工的」に作られたものであり、それへの帰属を確認することが必要だからだ。が、それに対して自然に成立した「日本人」であることの確認など、そのレベルでの会合なりイベントでは必要がないように思うのだ。
ところが、敢えて国旗掲揚国歌斉唱を「する、しない」でもめるのは、「する」という者も「しない」という者も、日本という国家が「人工的」なものだという「イデオロギー国家観」に基づいているからだろう。
「しろ」という者の主張は、国民の国家への帰属心は常に繰り返し刺激し、確認しないと薄れるものだ、という信念ともいえる確信を持っており、この帰属心を愛国心と勘違いしてはばからない。
「するな」という者の主張は、国家も国旗も、先の大戦で全体主義国家間の象徴に使われたもので、その使用はそのような国家観を是認するものだということだろう。ところが、この者たちの主張には、「国旗掲揚国歌斉唱」の妥当性については、全く触れないでいる。では、我々日本国民が、どのような国家観で、それの基づく国旗、国歌を持つべきかと問えば、国民みんなで考えましょうというに違いない。では、その「国民」、つまり、自然に成立したはずである「日本」という国家に住む人々を、民主国家という西洋的国家観の中で改めて「国民」と呼び、その国民の下で人工的国家として作り替えましょう、というに等しい。これでは、日本に生まれた人々は、西洋的国家観を受け入れなければ国民となれない、ということになる。それを承知だからこそ、彼らは日本という国家が成立した過程というべき「歴史」を全否定してはばからない。しかし、そうなると、現在の「国民と国家の存在」の矛盾を説明できないために、都合のいい「歴史」を作り上げようと躍起になる。つまり、マルクス主義的歴史観に基づいて、NATIONである日本を否定し去るということである。
結局、どちらの主張も、「日本」という自然成立国家を、素直に認め、その過程の中で「日本人」「日本という国家」が成立してきたと言うことを受け入れられないのだろう。
その大きな原因は、「イデオロギー」である。国家、国民を考えるときに、イデオロギーを通してしまうと、不毛の議論に陥るしかないことを、知るべきだろう。
|
|
漸く辞職が決まりそうですが。そもそもこんな人物を選んだのが間違いでしたよ。
前の知事選の時に書いておいたブログを再掲しておきます。
|
|
最も嫌いな韓国人の典型だな。
「先日、池上さんの出演するスペシャル番組を見た。池上さんは、韓国を『棚からぼた餅的に作られた』と発言し、『反日というところに国の基準をおいている部分がある』とも話していた。どう見ても、韓国は日本を嫌っているということを前提にしているのではないかと思った。【前提もクソも事実そのものじゃないか】 だが、韓国は日本が嫌いではない。【早速事実の捏造、捻じ曲げ】もしも本当に反日国家だったら、戦後70年間、こんなに交流してくることはできなかった。【日本が旧宗主国として、我慢して付き合ってきて、おまけに多大な援助もしてやっただけ】もしも本当に反日国家だったら、東日本大震災の時に救助隊を送ったり【誰も役立たずに来いと言っていないし、救援物資盗みにやってきて、中国人の振りしていただけ】、支援金を集めたり【その支援金を送る段になって反日パフォーマンスに使ったよな】しなかったはずだ。だが、韓国は救助隊を送り、全国民が一生懸命になって支援金を集め、日本の悲しみを一緒に悲しんだ。【全国民が?お祝いしますと横断幕掲げたのはどこのどいつだ?日本が沈むという見出しを大々的に掲げて大騒ぎで喜んだのは、どこの新聞だ?都合の悪い事実は一切無視する典型的韓国人よ】昨年からの円安のおかげで、今年は特に日本に旅行に行く人も多い。【だから、来るな!と。お前らの来日増加と日本国内の文化財盗難件数、毀損件数は比例しているんだけど】 それだけではない。日本に留学する韓国人も年々増加している。【わざわざ、こっちにきて殺人事件を起こし、日本の警察は韓国人を殺人者にしたと喚き】日本では約2万人の韓国人留学生が勉強【???色仕掛けで男を騙して日本国籍まで盗み、反日TVで反日言動を繰り返す女教授もいるんですけどね。おまけに「東海」大学だと。笑わせる】をしており、韓国では約4000人の日本人留学生【ほとんどが在日韓国人ですね】が勉強をしている。日本のサブカルが好きな韓国の若者【マジンガーの偽物で育った連中で、サブカルチャーさえ自国のものを日本が盗んだと言っているが】は、日本人が思う以上に多いし、小さい頃、日本のアニメを見なかった韓国人は一人もいないと言っても過言ではない。【日本語を禁止して、マジンガーだのヤマトなりをパクったアニメで、こっちに来てから日本のアニメだと認めざるを得なかっても、今度はその事実を我田引水に使うか】 国と国の関係とは別に、今の時代を生きる人々の間には、韓国と日本の過去の歴史を超えた何かがあると私は信じているし、それを池上さんにも分かってもらいたい まず、本気で韓国を嫌っているという事実を認めろ。お前さんが何を言おうとな。まず、それを知れ。いや、認めろ。そして、その原因が、すべからくお前たちがやっている「反日」だということ。 過去にあったことをいつまでもこだわって反日ビジネスをやっているのはお前たちで、金が欲しいなら「物乞い」しろ。
今の日本人のほとんどすべては、お前たちの国から大きな被害を受けていても、何の被害も与えていない人間で、残りは身を削ってお前たちの国の近代化に努力した人間だ、という単純な事実をまず認めろ。
いや、認めなくてもいい。
こっちむくな!
このような韓国人の擦り寄り方が、最も吐き気を催す |
女性応援ブログ:キャラ弁紹介「母親にプレッシャー」批判毎日新聞 2015年05月20日 20時57分(最終更新 05月20日 22時58分)
http://img.mainichi.jp/mainichi.jp/select/images/20150521k0000m040074000p_size6.jpg
おにぎりにのりで顔を描いたキャラクター弁当(読者提供)
内閣官房が短文投稿サイト「ツイッター」で「女性応援ブログ」と題し、食材でキャラクターや動物をデザインした「キャラクター弁当(キャラ弁)」作りで有名な女性の記事を紹介したところ、「母親にプレッシャーになる」「どこが女性応援なのか」と批判が相次いだ。一方で同ツイートの「お気に入り」登録も180件を超えた。
女性の記事は政府の「輝く女性応援会議」公式ブログに掲載された。内閣官房公式アカウントでは18日の投稿から20日までに、普段は数十件にとどまるリツイート(引用)が700件を超えた。
批判的な反応には「弁当は男性でも作れる」「短時間で作れて栄養バランスのよい献立を紹介したら」といった意見もあった。幼稚園などでは、キャラ弁がいじめにつながる懸念から禁止する動きもあり、「時代に逆行」と指摘する声もあった。中には「異なる価値観が共存し、女性がいろいろな形で輝ける社会になるよう応援してほしい」という声もあった。
内閣官房内閣広報室は「今後の情報発信の参考にしたい」としている。【山田泰蔵】
こういう記事を読むにつけ、世の中を悪くして行くのは、間違いなく似非リベラリスト新聞だと分かる。
とにかく、自分たちが気に入らない政府がやることには、何らかの難癖をつける。
この記事も、まず「批判」から入る。ヘッドラインで「批判」を挙げ、政権は「何も考えずにやっている」という印象操作をし、事実じゃないということを指弾されることを避けるためにお気に入り、リツイートの数は入れておく。
よく読めば、概ね《公表》に受け入れられていることが分かる。にも拘らず、記事後半でもしつこく「批判意見」を載せて≪絡む≫。
普通なら、概ね公表、批判意見もあったというレベルでの記事構成が普通だと考えられるのに、この書き方だ。
このようなことが繰り返されることで、世の中には「モンペ」や何につけても「因縁をつける」と言う輩が増えていっているのではないか。
「子どもへの愛情表現は、それをできない人にプレッシャーになり、ひいてはいじめになるかもしれないので、子どもに対する愛情表現はやめましょう」というようなバカげたことを当たり前に、さも「人権擁護として当然」かのごとく書きたてる朝日、毎日。そして、「個性を伸ばす教育」などと言いつつ、競わせず、すべからく「平等」と言う名の「人権意識」で個性を殺し、日本人からその特性を殺しつくそうと考えている日教組。
もう、こいつらが喚きたてる平和人権、うんざりだ。
「平和、リベラル」の仮面をかぶった、己のイデオロギーに自己陶酔するという私利私欲の塊の連中が正義ズラし、国を守り、本当に平和に生き、いたわりと互恵の精神を持った静かに暮らしたい人々が犠牲にばかりなっている。
本当の平和、人権が守られる世の中を作るには、それを狂わしている元凶の「左翼平和人権カルト集団」を叩き潰すしかないのか。
|




