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目指す所(写真1)
”岩殿観音・南戸守線”の都幾川に架かる早俣橋
のたもとに墓の記号”⊥”があるので、ここを目指して
行く

田圃の中を(写真2,3)
  早俣橋に一直線に向かう、田圃を突っ切る道路
  を行く。この一体は田園が広がっている。

交差点(写真4)
  早俣橋の手前にある交差点に来ると、右手奥に
  お堂の屋根が見える。ここが宝蔵寺跡である。

新編武蔵風土記稿
  ○長樂村ナカラク
  寶蔵寺 天台宗下青鳥村浄光寺門徒、安養山
  と號す、本尊彌陀を安置す、觀音堂
武蔵国郡村誌第六巻比企郡
  ○長樂村
  仏寺の項に記載なし
  このことから明治初期には寶蔵寺は廃寺となって
    いたことがわかる。

長樂寶蔵寺入口(写真5)
  交差点を渡り、右側の歩道を早俣橋に向かって
  坂道を登って行くと、途中にガードレールが途切れ
  寶蔵寺への入口がある。

長樂寶蔵寺(写真6)

  境内説明立て札の転記
      比企西国十六番札所
    天台宗 安養山 宝蔵寺 聖観音
      慶安二年(一五九七)八月開山
      本寺 下青鳥浄光寺
     宝蔵寺は無住の時代が長く、明治二年五月
    無住無檀の寺として廃寺となり、その際、付属
    堂である観音堂のみ残されました。
     ご本尊は聖観音、子安観音として長楽を
    はじめ広く地域住民の信仰を集めてきました。
     縁日は毎年八月十八日 長楽当番によって
    開帳されます。
        平成十八年三月吉日
                     長楽

  板碑群
    境内に数多くの板碑が集められています。
    境内説明立て札の転記
        長楽観音堂板碑群
       この板碑群は延文二年(一三五七)から
      天文五年(一五三六)まで、南北朝・室
      町・戦国時代のもので、追善供養・庚申待
      供養などを行ったことがわかります。女性の
      戒名が多いこと、結衆して供養したことな
      どが多く見られます。最も特色あるものは
      山王様を祭った板碑があることです。長楽
      の中世の人たちが活発に生活したことが、
      わかる貴重な板碑です。
             平成十八年三月吉日
                          長楽

               比企西国札所
               比企西国三十三所
               比企西国三十三札所
               比企西国33か所観音霊場
               比企西国三十三霊場札所

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