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3年半の間、私は一市民に戻り、地域末端路地裏から吹田のまちのあり方を見つめてきました。やはり24年間で身についたまちを見る目は弱ったとはいえ、消え失せていません。ただ時間があるほうが物事を整理してまとめるのに手間がかかるように思えます。手際よく対処することができず、時ばかりが過ぎていく思いに取りつかれ、疲れてしまうことがよくあります。課題の多さに圧倒され、系統だった思考のしにくさとの戦いの毎日でした。
 
そんな中、VSS(ビレッジ里山すいた)のまちづくりビジョン検討会議も4回と回を重ね、里山塾もいよいよ提言、提案の段階に入ってきました。私達は主に「まちのあり方」を専らにしておりますが、「国のかたち」のことも無視はできません。たとえば、原発の核、エネルギー問題、農業・農地、農産物やTPP問題、介護・医療・年金問題、消費税、集団的自衛権や憲法問題、拉致問題や米軍基地、領土問題などです。
 
国にしかできない問題に対し、府県の広域行政の課題、そして基礎自治体としての「まちのあり方」となってきます。それを考える際に、いかに行政情報の提供が乏しいかということ、市報が月1回になったので、欲しい情報がいかに少ないかということです。
 
「自治基本条例」では情報共有、参画、協働といわれておりますが、一市民となった局面ではほとんど情報がとぎれてしまっています。これに対し、「協働、協育、協想」のもと、ひとりひとりの市民が豊富な行政情報を手にすることにより、行政と共に100年の計といえる壮大なビジョンを構想し、共有できるような「市民協想まちづくりビジョン創成会議」なるものを、大勢の市民参加で立ち上げ、1回1回の会合の報告をきちんとすること、ただしこの中に、それぞれの課題に応じた分科会を設ける必要があるということ。まだ「見える、分かる、参加できる」の指針はいまだに生き続けているということです。
 
以前は交付税不交付の吹田だったので、何もかも財源は自力でしなければいけないということで、中核市の申請をしなかったのですが、幸か不幸か、今や交付税交付団体になっており国の助成があるので、権限と財源が多くなる中核市を直ちに求めるべきです。エコ・メディカルの日本一の健康医療都市を目指すのですから、保健所の自主運営も避けられません。
 
吹田操車場の跡地は、国の医療・健康の戦略特区に指定されましたので、くらし、健康の日本一の安心、安全都市を実現しなければなりません。そのためには、ひと、もの、情報の行き交う交流拠点を整備することが不可欠です。万博からモノレールの南進と井高野から地下鉄の北伸を達成させ、空港と新幹線のクロスロード、東西日本の結節点のメリットをもっと高めなければと思います。
 
そのためには行政の大改革の断行を避けて通ることはできません。「自助、互助、公助」の役割分担を徹底的に見直し、行政は「総務、財務、企画」部門だけを残し、現場の市民サービス事業は民間や地域の担い手に大胆に移換を果たさなければならないと考えます。大量の仕事が、民間や地域に移換されますと、高齢者や女性、若者に大量の雇用が発生し、本来の「みんなで支えるまちづくり」に向かい、シルバービジネスやコミュニティビジネスが定着し、地域協働社会の実現がはかられるものと考えられます。
 
ビジョンの実現のため、大胆な改革が不可欠となるようなまちづくりに挑戦していきたいと考えています。
 
(写真は緑の美しい竹見台遊歩道にて)
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