ここから本文です

書庫全体表示

天が託した試練

あれから4年の間は天が託した試練の期間と受け止め、真剣に何をつかみ取ればよいのか考え抜かなければならない。
 
1983年(昭和58年)の1回目の府議選挑戦において惜敗をし、その後の4年間、地域路地裏を歩き回り、吹田のまちの隅々で小さな声に耳を傾け、支援の手掛かりを重ねてきました。あの時は、なぜか時間が足りないといって毎日焦っていたように思います。
 
今回の4年は少し違います。12年間の府議会活動と12年間の市長の経験を踏まえて、何をどのようにすればよいのかということです。4年前、あの時は4期目、最後の総仕上げを目標に選挙戦に臨みました。
 
1つは「協働、協育、協創」による行政と市民の連携、市民参加のまちづくりの集大成。
 
2つは「自助、互助、公助」の役割分担の明確化、とりわけ、地域における「みんなで支えるまちづくり」システムの完成。
 
3つはどのような経済財政危機が迫って来ようとも、吹田だけは耐え得る盤石の財政基盤を確立することでありました。
 
4つは防災・防犯をはじめ、こ育て・教育、くらし・健康、地域のあり方などすべての分野において、安心・安全を定着させること。
 
5つは吹田操車場跡地のまちづくりにおいて、循環器病センターの移転建替えと市民病院の併設をはじめとするエコ・メディカルシティーの実現。
 
6つはまち開き50年を迎えた千里ニュータウンの再生事業の推進と「管理創生機構」の設立。
 
7つは多核的都市拠点の整備と賑わいの創出、とりわけ東部拠点において、東淀川区との連携を深め、地下鉄今里筋線の岸部への北伸とモノレールの万博からの南伸に向けての取り組み。
 
8つは歴史的地域文化と市民的芸術文化の振興による文化のまちづくりの推進。
 
9つは花と緑、水巡る遊歩道ネットワークの完成と美しい景観のまちづくり。
 
10は地域学、吹田学を策定し、地域自治、市民自治を深め、自主・自立の団体自治を強力に推進する地域市民政府と呼びうる市民の市役所づくり。
 
という課題を提起いたしておりました。当然これらを引き継ぎたいのですが、果たしてこれらがことごとく前回否定されたのかどうなのか、否定されたのならそのまま再提起するのは無理があります。今、真剣に考えなければならないのは、まさにこのことなのです。
 
果たして、個別の政策、施策の是非なのかどうなのか。どうもそうではなさそうと思えます。そうではなく、政治姿勢そのものの否定というのが選択にあったと思えます。借り入れを行いながらの先駆的事業の推進、日本一の行政水準を目指していました。それは日本一の福祉のまちづくりをするためであります。
 
それに対し、財政非常事態宣言を発し、市民サービスを切り捨ててでも、過大化、肥大化したと見る「行政維新改革」でありました。大阪府にあっては、市町村に対する補助金の大幅な切り捨てであり、市においては、借り入れを止めての高齢者福祉等の切り捨てでありました。それは大きな政府から借金をしない市民サービスも切り捨てる小さな政府への転換ということです。
 
過大な行財政構造の大きな政府から小さな政府への転換の方法論の問題かと考えます。方法論の違いと私の手法を次回に説明させていただきたいと思います。

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事