ここから本文です

書庫過去の投稿日別表示

全1ページ

[1]

吹田の不毛化を救おう

吹田の未来に確かな道筋を!
これが私の吹田に寄せる想いを最も集約した表現です。
 
今の吹田のまちは何を目指しているのか、どのようにして、どこへ進もうとしているのか、本当によくわかりません。目標を喪失した、羅針盤のない船のようです。
 
やはりまちづくりにおいては、明確なビジョンと改革の課題や手法を示さなければ市民はついていけないと思います。そこで「行政の維新改革」というのがそれかと思えますが、その中身は、①借金はしないという無借金財政②市の貯金、財政調整基金には手を付けない③新規事業は行わない④他市の行っていない事業は廃止する⑤予算の突出している事業は平均レベルに戻す、というものです。
 
市政やまちづくりの要諦は、市民から預かった税金をいかに有効に大切に使うのか、限られた予算の中で最大の効果を上げるにはどうすればよいのかに腐心し尽くすのです。借金をすることも大事なことであり、難しいことでもあります。行政の維新改革は、何もしないというだけのものに過ぎないし、実に安易な目標も課題も消滅した姿ではないでしょうか。
 
しなければならない課題は無数にあります。いわゆる市民要望に裏付けられた政策課題であります。それをもちろん精査をしますが、あれもしたいこれもしたいということになり、遂に予算が膨らんでしまうものなのです。市民の要望に応え、市民の想いを実現しようとすればそうなるのも必然なのです。
 
それに対し、頭から新規事業はしないとはどういうことなのでしょうか。私は10年前から、吹田には多くの留学生が住んでおられ、海外に行く人も多いので、パスポートセンターを置きたいと大阪府に要望してきましたが、最近は地方分権で市町村に置いてくださいと言われており、近隣の市ではほとんどが開設していますが、吹田市は新規事業なので取り組んでいません。真っ先に導入しないといけない市ではありませんか。
 
先日、また神戸で小学1年生の女児が行方不明になりました。本当に心配で悲しいことです。いくつかある防犯カメラに写っているとのことですが、賛否はあっても、小学校の通学路にはすべて設置をし、人の眼の届かない時の補完対策にしなければならないところまできているように思えます。私は小学校の正門付近にすべて、安心安全の見張り小屋のようなものを設置させていただき、そこを拠点に、登下校時には、見守り活動が人の手で行われていますが限界があるのでしょう。
 
千里の竹明かりが今年も藤白台の周辺緑地で行われていますが、竹のまち吹田という考えの下、人工的な新しいまち千里で、伝統文化を創造していこうという目標で、10数年前から実施されていますが、年々予算が削られ、ボランティアの皆さんも心細い思いをしておられます。要するに、今の市政には無駄な事業なのであります。
 
本当にそうなのでしょうか。あれもやめる、これもやめる、やめることを競うことが本来の市政の姿なのでしょうか。限られた予算の中で、あれもしたい、これもしたいというのが、まちづくりの姿だと考えます。吹田市の不毛な砂漠化を食い止めなければ、日本一の吹田市を実現することはできないと思います。

全1ページ

[1]

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事