ここから本文です

書庫日記

記事検索
検索
年末年始、長いようで短い休みでした。それというのも、現職の時と同じように、年末は30日まで、地域の歳末パトロールの激励に回りました。防犯委員さんを中心に、連合自治会単位に行われていまして、5〜6班で30〜40人の役員さんがどこの地区でも出ておられます。こういった人々の熱い思いで地域の年末の安心安全が守られていることがわかりました。なかなか地域の支え合いも捨てたものではありません。
 
昨年は消費増税問題、円安による輸入物資の高騰、値上がり、集団的自衛権問題など、衆議院選の中、色々議論が行われていましたが、一応、安倍自民党政権が国民の信任を得、自公両党で3分の2の議席が確保されました。
 
さあ、今年はどういった事態が進行するのか、昨年のような自然災害が今年も頻発し、人々を不安の淵に引きずり込むのかどうなのか、少なくとも生活の安定、地域の安心、安全が守られることが最大の関心事になるものと思われます。
2大政党制が機能するためには、政権党に対応できる強力な野党が形成されなければなりません。
 
市町村レベルでは、いよいよ春は統一自治体選挙が待っています。私も4年間の雌伏の後、再挑戦ということになりそうです。維新の会で当選した現職と一騎打ちかと思っていたところ、政権党の先般当選した衆議院議員が、市役所で私が育てた部長を推薦候補として擁立したのです。現職市長にしても、これまでの支持基盤が半分になり、部下に造反されるのですから、おだやかではないと思います。
 
私にしても、維新陣営が対立分断されるだけならいいのですが、こちら陣営にどこまで入り込んでこられるか、新人の可能性に、多くが魅せられるのではということも予測されるのです。ターゲットが変化しつつあります。真の対立候補は、政権党の新人ということになりそうです。
 
私は新人などというものでなく、ベテランもいいところです。ベテランのいいところは、安心、安全、安定という点です。
 
この間の傾向としては、差別、格差拡大、不安定、原発再稼働による不安感、集団的自衛権発動による精神的動揺、自然災害の漠然とした恐怖などにさいなまれ、盤石の安定感とはほど遠い精神的環境に取り囲まれているように思われます。
 
これまで、散々大阪の維新には期待をし、社会政治変革を夢に見たこともあったでしょう。確かに、維新の会には、漠然とした不満、不平、怒りに対する破壊者というか、救世主を待望していたのではないかと思われます。一時的には多くの大阪の人々の心を確かにつかんでいたのです。それのピークが、前回の選挙時から12月の大阪府知事選、大阪市長選の時ではなかったかと思われます。
 
今や、あの時の絶対の希望の星といったロマンは消滅しつつあるのではないかと思われます。あの時は、何を言っても大阪府民には受け入れられていました。何を言っても、そうなんかなあ、と思わされていました。一種のトリックのような状況に引き込まれていたように思われますが、今やだんだんその魔力のようなものは薄れてきたように思われます。みんなが目を覚まし始めたのです。
 
さて、我が吹田はどうなのでしょうか。行政の維新を掲げ、推進されてきた「財政非常事態宣言」は昨年秋に撤回されました。財政再建がなったということらしいのですが、そんなに簡単に再建されるほど、地方財政は易しいものではありません。本当の財政再建論議を強く始めなければならないと思います。
 
それでは、本年もよろしくお願い申し上げます。
 
(写真は吹田と友好都市にある能勢の奥山)
イメージ 1
 

本年を締めるにあたり

昨年からよく言われていたこと、「いつ決断するのか」「早く決める方がいいのでは」ということ。私個人としては、絶対にもう一度やると決めてはいたのですが、それを正式に表明することはためらっておりました。まだ早いということ、自分がそう思っていても、自分一人ではとても無理なこと、それよりも市民の皆様の思いはどうなっているのか、気運は高まっているのか、本当に期待され、待望されているのか。
 
そのような気運の盛り上がりは自分が作るものとは思うのですが、なかなかそれは無理なこと。それを成し遂げたのが維新の会ではあったのですが、大阪府の財政は危機的状況、事業や市町村への補助を大幅に見直すとともに、高い職員の給料も大幅に削減すると、池に大きな石を投げ込むのです。また、学力テストの公表をしない教育委員会を「クソ教育委員会」と罵声を浴びせ、大きな波紋を引き起こすのです。
 
マスコミを総動員してのセンセーショナルな言い方は多くの政治不信を抱く層に対し、大きなインパクトを与え、政治の場に引き出すのです。とにかく大きなことを言って、多くの人の耳目を引きつけ、期待を持たせる手法は、ことごとく失敗をして来たにもかかわらず、未だに力は完全に衰えることなく、以前の爆発的な威力は影をひそめましたが底力は残っていると思われます。
 
このような目眩ましのような手法はいつまでも続かないものとは思うのですが、不思議と息永らえているのです。それは、政権党も決定的人気がなく、野党も強力なものが現れていないという不幸な政治状況の中での、やむにやまれない結果としか考えられないのです。このままでは、日本の政治文化は自滅し、壊滅してしまうのではないかと思われます。
 
アベノミクスという幻想のようなものを振り撒き、その裏で戦争の道に巻き込まれかねない集団的自衛権行使と憲法9条改悪を目論んでいるように思え、戦後一貫して守られてきた「平和国家日本」が徐々に変質されようとしているのではないでしょうか。戦乱状態にあるイラクやアフガニスタンあるいはイランやトルコなどでも、日本の平和的姿勢には信頼が置かれています。来年は戦後70年、70年間積み上げてきた平和国家への努力を無にしてはいけないと思います。
 
来年4月の市長選における私の姿勢は、反維新、非自民の第3の道です。大阪都構想には組することなく好戦的姿勢を拒否する、自主・自立、非核・平和のまちを目指していきたいと思っています。そのため、
(1)非核・平和都市宣言を守り続ける「まち」に
   ①核も戦争もない世界を求めます
   ②憲法9条を誇りにし、吹田市を平和の砦にします
   ③原発依存から再生可能エネルギーへの転換を求めます
(2)地方分権、地域創成、市民主体の、みんなで支え合う「まち」に
   ①吹田のことは吹田で決める、大阪都構想には参加しません
   ②公的責任を明確にし、行政と市民協働、市民参加と市民が主役の
    まちづくりシステムを
(3)あたたかく公正な先駆的市政に
   ①子ども達が郷土吹田に誇りを持ち、未来に夢のある「文教都市吹田」をめざします
   ②すべての人々が安心・安全に、みんなで支える福祉の行き届いた
    日本一のまちづくりを
 
これらを本年の最後のまとめとし、新しい年に引き継いでいきたいと思い
ます。
来年も皆様方、よろしくお願い申し上げます。
良いお年をお迎えください。
 
 
(写真は新大阪から間近に見えるメロード吹田)
イメージ 1

衆議院選に思う

14日の投開票日の夜は、午前3時まで起きていましたが、ちょうどその時、最後の議席が、海江田民主党党首でなく、菅元首相に決まりまして、どちらにしましても今回の民主党の現状をそのまま物語っているように思えます。
 
吹田の大阪7区におきまして、8区や9区も同様に、民主党の候補は不在でした。それもそのはず、大阪は全19区ありますが候補者は5名にすぎないのです。
 
全国では小選挙区295議席に対し、178名しか立てられていない、最初から政権を取り戻そうという姿勢すら感じられない選挙であり、結果、62議席から73議席に増えたものの、自公で326議席という、3分の2の317議席をはるかに超える絶対多数を取られてしまっているのです。
 
1強多弱と言われています。少なくとも、大阪7区においては、戦後、私の知っている限り、旧社会党時代も含め、民主党は必ず候補者がいて善戦をしていました。立候補するのが当たり前でして、今回のようなことは後にも先にも初めてのことです。私の知り合いの方々も皆、あ然としておられました。
 
少なくとも我が大阪7区は2年前まで内閣官房長官のお膝下であり、民主党の強い地盤のあるところでした。官房長官の引退は仕方がないとはいえ、何故後継者を2年の間につくっておかなかったのか、残念でなりません。それだけ、民主党が落ち込んでいるということなのでしょうか。
 
それでもやはり頑張って候補者だけは立てなければと思います。それが天下の民主党ではないでしょうか。民主党の意気込みが全く感じられません。情勢の回復はただ待っているだけではいけません。相手の敵失に期待するだけでいいのでしょうか。常に果敢に挑戦してもらわないと、支持者が落胆するだけです。
 
今回の選挙は、消費税増税の延期の是非を国民に問うというものでした。問うまでもなく、日刊5紙の世論調査では75%前後が先送りに賛成をしているのです。国民の意志ははっきり増税反対を示していたのです。そのため、選挙の争点は、先延ばしした時の問題点は何なのか、それをどのように克服するのか、財政的問題はどうなのか、社会保障は維持できるのか、などの課題が争われずに、アベノミクスの是非のみが論じられるだけで、それも今後の成り行きに期待をしてください、といったような話に終止しています。
 
そんなことでよかったのでしょうか。景気回復や雇用の問題、平和国家のあり方と集団的自衛権の問題、原発再稼働と災害復興との関係、更には憲法改正の是非など、正面切って論争することなく、すべて避けて通られていました。野党側もアベノミクスに対して批判するのみで、全く対案というものが提起されていませんので、議論がかみ合わず、すれ違うばかりであったように思われます。
 
私の関心は消費税の背景にある景気の回復と雇用問題ですが、経済のグローバリゼーションにより、国内産業の空洞化による中小企業の疲弊と雇用の喪失であります。全国を一律に、一つに見る観点からでは地域地域の具体性に欠けると思います。
 
それで地方創生ということが出てきているのですが、依然として、東京が地方をという上から目線からの発想です。制約の少ない一括交付金といっても、従来型の補助金分配の発想から一歩も出ていません。
 
補助金は使ったらそれで終わりです。一過性のもので地域に根付きません。地方分権により権限と財源を思い切って地方に移管し、力を蓄えている地方に任せることです。それぞれが地域創成に燃え、自らの力で地域の良さを伸ばすこと、そして地域が競い合う中で、国全体が良くなるという路線、地方分権こそが成長の要かと思われます。
 
国は外交、防衛、安全保障に特化をし、内政はすべて「地方」に任せても良い段階まで来ているのではないでしょうか。

今、「地方創生」が盛んに取り上げられておりますが、私達地域のまちづくりにたずさわる者にとれば、何を今さらと言うことになります。それは常に地域の創成については日々考え、それに取り組んでいるからです。国は地域のことを何故、地方と言うのでしょうか。中央から見ての地方なのです。地方は田舎であり、辺境であり、文化果つる所のイメージがぬぐえません。
 
地域は私達が生活している所そのものです。「東京一極集中を廃し、国土の均衡ある発展」とこれまで常々言われてまいりました。その典型が、田中角栄の「日本列島改造論」でありまして、これにより高速道路が日本の隅々まで、新幹線も九州や北海道まで通じようとしています。
 
しかしながら、「過疎過密」問題は解消するどころか、「限界集落」から「消滅都市」となり、全国1800の市町村のうち、49,8%に匹敵する896の市町村が、26年後の2040年までに消滅可能都市とされています。地方創生どころか、地方消滅なのです。なぜここまで事態は深刻化しているのかということです。
 
地方創生の目玉は、市町村が自由に使える一括交付金の支給ということです。「補助金」の支給だけで問題が解決するほど、簡単なものではありません。国の形のあり方そのものを構造的に変換しなければどうにもなりません。政治、社会、文化、経済すべてが東京一極集中し、それが今なお進行しているということ、これを是正して、本当に、国土の均衡ある発展をはかるためには、その背景にある制度そのものの改革、転換にまで迫らなければなりません。
 
それは他でもなく、すべてが東京すなわち中央政府に集中する「中央集権制度」にあります。「官治集権」から「自治分権」、国家の「官僚政治」から「市民の政治」へ、中央集権から地方分権、今では地域主権ということです。
 
地方の時代や地方分権が言われて本当に久しいのですが、一向に本格化しません。戦後一貫して取り組まれた結果、遂に1993年細川内閣の時に「地方分権推進大綱」が国会決議され、2年後の1995年に「地方分権推進法」が制定され、それに基づき「地方分権推進委員会」が設置され、何度も勧告が出されて1999年に「地方分権一括法」が成立し、翌2000年4月に「新地方自治法」が施行され、
 
(1)国、府県、市町村は上位下達の関係から対等横並びの政府間関係であ    る
(2)府県、市町村は国の出先機関ではない
(3)機関委任事務は廃止され、国の仕事の代行役が終了した
 
ということです。
 
「自主、自立」の地域のことは地域で決めるという地域分権の時代がスタートしたと喜んでいたのも束の間、そのための条件整備がその後ほとんどといって放置されていて、実態の改善は遅々として進行していないというのが真相だろうと思います。個々の省庁の法律が地方の自主制を制約していて、権限や財源が未だに地方に分権されていないのです。
 
本当に地方創生がなされるためには、地方分権を真にすすめ、地域のことは地域で決め得る地域主権が保証されなければ問題の解決には至りません。中央集権制を残したままでの、一括交付金の支給だけでは、物事が解決しないのです。金をばらまいて、一瞬潤ってそれで終了なのが見えてしまっています。
 
戦後の経済成長のさ中、それこそ、地方創生ということで「新産業都市」が全国各地で出現しましたが、単なる工場誘致、そこに根付いて地方が発展することなく、閉鎖、撤退で成功しなかったと思います。外からの移入ではなく、その地域にあるもの、地域の素材、地域の自然や文化、伝統に根ざしたものを覚醒させる内発的発展しかないと思われます。
 
国は外交、防衛、安全保障、金融や全国共通の課題に特化し、内政はすべて地方に任せて、地域創成は地域の自主的運営に委ねることであります。道州政府がそれぞれの特徴を生かして競い合う中で、近畿や東海、中国、四国が個性を発揮し、国全体が活気を呈していくものと思われます。
 
国の元気は、地域が元気になることによって実現するのではないでしょうか。私達も「自主、自立」「地域、固有」「市民参加、協創」を基本に、地域主権、地域創成を目指して、吹田のまちづくりにかかわっていきたいと、新たな決意をいたしております。
 
(写真は佐竹公園の菩提池をあざやかに彩るメタセコイア)
イメージ 1

ゼロからのスタートを

これまでの経験をすべて忘れ去って全くゼロから市政に挑戦をする、初めて取り組むという姿勢こそが、既得権益にしばられることなく自由に大胆に物事を考えることができるのではと思われます。今までの自分の語り方、市政やまちづくりに関する説明の仕方、これらを全くオールクリアして、ゼロから組み直すことが必要です。
 
そういう思いに至ったのは、この3年間は一市民の立場から地域や市政を見てどうだったのか、何から手掛けたらいいのかを考える時間が取れたからです。
 
一市民の私の思い、
①日本一の吹田市になってもらいたい
②地域が安心で安全な所になってもらいたい
③子どもや女性、高齢者、しょうがい者などすべての市民が、健康で安心・ 安全に暮らせる福祉、こ育て、教育、医療のまちであってほしい
④財政がしっかりした市であってほしい
 
以上、素朴に思いつくままに申しましたが、市民の思いというのは、特別に奇をてらったものではないんだなということがわかりました。自分だけがということでなく、自分も他者も共に幸せになれたら、という平凡な期待に満ちています。そしてそういった期待に、市政推進者は応えていただかなくてはならないということです。市民は身の周りが平安で幸せと感じさえすればそれで十分なのです。
 
たとえば、家族が急に救急車で運ばれて、しばらくは入院を余儀なくされ、命を取り留めたが体にマヒが残ってリハビリに専念しなければならない、ということはよくあることです。それらに十分対応し得る、地域ケアシステムの整備の万全性であります。
 
病院は今や徳洲会病院が開院し、市内に15カ所となりまして、府内ではもちろん一番の整備率です。リハビリや特養、老健も充実していまして、恵まれた環境にあります。地域経済や市財政、福祉や保健、医療そして環境に対する取り組みなど、持続可能なまちづくりのランキングもかつては日本で6位になったこともある吹田です。都市力といいますか、都市魅力といったものは、非常にレベルの高い市になっていると思われます。
 
これからの超高齢化社会と他市に秀でる文教都市環境の推進に、市としてどう対応していけるのか、試されてきます。老々介護、独居家庭が増加する中、助け合い、支え合いの地域環境をどう形成していけるのか、こ育ての安心、安全と高齢化に今の吹田は十分対応し得るのかどうなのか、どの部分が足りていて、どの部分が足りないのか、十分検証し応えていかなければなりません。幼稚園の保育園化への動き、保育園の幼稚園化といいますか教育の導入であります。そうすれば、どちらにも誰もが入所し易くなると思われます。生きがいのある高齢社会、安心安全で質の高いこ育て環境の実現が焦眉の課題かと思われます。
 
これまでにも、吹田は、福祉の吹田、こ育ての吹田と言われていたのですが、最近は特にこ育ての面で他市に流出していると言われています。総合的なまちづくりの見直しと新たなレベルへの挑戦が今必要となっています。こ育ての当事者との話し合い、高齢者の思いの尊重をはかりながら、それら生活環境の整備充実にきちっと取り組んでいきたいものと考えています。
 
路地裏のぬくもりの復活、といわれるような人のつながり地域のつながりが、深く、温かい「支えあい、助けあい、分かちあい」の地域社会の再生に、日本一を目指して取り組んでいきたいと思っています。
 
 (写真は千里南公園での微笑ましい光景)
イメージ 1

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事