|
生涯のうちに1.093件の発明を成し遂げたというエジソンの「発明の連鎖」について考えさせられる。 小学校中退というエジソン、数学も物理も学習するチャンスはなかったと想像する。 エジソンの発明がなかったら我々は、どんな生活だったのか? いや、やはりエジソンに代わる人間が登場して、同じような発明をしたかもしれない。 子供の頃に、読んだ偉人伝の中にあったエジソンを思い出した。 以下「平斎の日記」から引用 http://d.hatena.ne.jp/heisai/20060724 電球ができた!、 だが各家庭に電気がない→各家庭に電気を売ろう!、 そのために大量に電気をつくる水力発電所を作ろう! →ダムを作るため強化セメントを作ろう! →ダムを作るため山奥で働く作業員のために簡易住宅(プレハブ)を作ろう!、 余った強化セメントでハイウェーを作ろう! →電気を流すため送電システムを作ろう! →家庭で簡単につなげるようにしよう!。 そしてそのあとの説明文に「電球をきっかけに、発電機、強化セメント、ベニヤ板、絶縁体、 そして高速道路を連鎖的に生み出しました。・・・付け加えれば、電球から始まるエジソンの発明は、 ソケット、コード、スイッチ、ヒューズ、サーモスタット、サーキットブレイカー、 ガムテープ、合成ゴム、プレハブ・・・数え切れません。」 |
全体表示
[ リスト ]







ぉぉおおおぉぉ〜っっ!
その通り!
素晴らしいです。
2010/6/22(火) 午前 10:25 [ まりあ ]
小学校を中退したエジソンも相対性理論で有名なアインシュタインも軽度の発達障害者だったと言われています。
日本では公教育の中ではみ出してしまう障害児は支援学校へと振り分け(行くように仕向けてしまい)ついていけない健常児は「落ちこぼれ」と見なしてしまう風潮が未だにあり、まだまだ「非属の天才」が生きづらい環境にあると感じます。
私の子どもは知的障害を持つ自閉症児ですが、1日10〜50枚程の絵を描いており、そんな毎日をもうかれこれ8年以上続けています。その集中力と持続性にはただただ感心しています。
他から見れば単なる子どもの落書きであっても、子ども自身にとっては内面を表す言葉に代わる表現手段であり、それは呼吸と同じで生きるために描いているように感じます。
また子どものおかげで色んな障害を持つ子ども達と接する機会を得ましたが、本当の天才というのは彼らのような存在のことかもしれないと感じることが多々ありました。
2010/6/22(火) 午後 0:47
今、日本の教育は一部を除き、その大半が障害児を地域の学校から分けていますが、EUなど先進国には40年以上前から支援学校はありません。ですから日本も本来あるべき子ども達の学校に「もどす」必要性を感じています。
それは障害の有無に関係なくお互いの多様性の中で様々な刺激を与え合い、認識することで新たな能力を目覚めさせ、またそのことが人種や国籍など様々な立場にある者同士の人格を認め合う未来へと繋がっていくと想うからです。
エジソンの言葉を拝借すれば、日本の教育も99%の努力に眼を向けるのではなく、1%の閃きを持ち続けられる感性にこそ価値があることに気が付いてほしいなと切に願っております。
私は発明は困難に直面したときにこそ、生まれるものだと思います。そして発明の中でも自分のためにだけでなく、困難に直面している誰かのために困難を乗り越えようというプラスのエネルギーによる「発明の連鎖」は、助け合いの「心の連鎖」が生み出すものだと感じています。
一部、エジソンから脱線したコメントになってしまい、申しわけございません。m(_ _)m
2010/6/22(火) 午後 0:47
その通りです。同感極まりない!!
私も 変人ですが(天才じゃなくて残念^^;)
家族が すごく守ってくれて 今も オカシな大人です。
でも 偏見は ひと一倍少ない自信が あります。
一日 50枚の絵は どんなにいっぱい伝えたい事があるのだろう?と考えると 涙が溢れます。
本当に また日本は…って書くと日本人のくせにという人がいますが 一長一短で この場合 ゛障害゛と 分ける事事態に腹がたちますね!(`o´)子供達はみんな 子供達ってカテゴリーですよ。続きます。
2010/6/22(火) 午後 2:10 [ まりあ ]
私の娘の親友は お母さんがフィリピンの方で、左手手指が 無く 小さな 親指の様な可愛い指は ありますが ウチの娘は ニンテンドーwii を一緒にやっていて すごく自然です。 なんていうのかなぁ… 手加減しないし、かといって フォローもするし…… 私も 慣れてるから、おぉ〜 髪切ったの。可愛いな^▽^ 成績悪いの ヤベーじゃん。
て 感じです。それでも学校では 色々あるのが 分かります。袖口を引っ張って手を隠す様に なったし。でも 学校は 性格でも摩擦は ありますからね。むしろ その方が厄介。
小さな頃から そういう色々な子供 みんな全部 一緒に コミュするのは 普通だし 自然だ と思います。
2010/6/22(火) 午後 2:27 [ まりあ ]
水をさして恐縮ですが彼の博物館に行っての感想は、プロダクトマネージャーとして優秀であったこと。コンセプターと言ってもいいのですが。後は金儲けと投資も一流。発明と言っても網羅的に可能性をあたる彼の方法は今のビジネスの根底に流れていますよね。
2010/6/22(火) 午後 4:27 [ 紙屋くぅ太郎 ]
確かにエジソンは事業において非凡な才能を発揮しましたが、開発費につぎ込んでいたために裕福ではなく、また商人に権利を売ってしまったりして「事業家としては一流ではなかった」と親友のヘンリー・フォードが言っていたようです。
またエジソンに、母親の仕事の手伝いや野菜売りをさせるなど仕事(稼ぐこと)を教えたのも母ナンシーだったそうですが、その部分も共感できます。
寿命からして親は子よりも先に亡くなります。きっと親の心配は子の将来のことにも及んだのではないかと思います。
子どもの将来を考えた母親の気持ちが、のちの発明王や事業家としてのエジソンを育てたのだと思います。
私は、もし当時の社会(学校)がもっとエジソン(子ども)の個性を受け入れる社会環境があったなら、周囲の子ども達との係わり合いの中で、高いコミュニケーション能力も育まれたのではないかと感じる部分もあります。それは周囲のとっても残念なことだと感じます。
2010/6/23(水) 午前 11:39
晩年、エジソンが自分にとって最も大切な教えだったと振り返ったのが「人間は人類のために努力して生きなければならない」と言う母の言葉だったと言っていたようですが、そこに私は、そうした子どもの社会性の発達を危惧し、子どもの将来への不安を心のどこかに抱いていた母親の愛情を感じています。
2010/6/23(水) 午前 11:39
理想と現実の狭間で いつも親は 泣きます
2010/6/25(金) 午後 11:45 [ まりあ ]