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スティーブ・サミオフという米国人の親友がいる。
80年代、LAのメルローズで「STUFF」と言うフリーマガジンの編集長、ストリートの有名人だった。
そのスティーブから、マガジンハウスの「KYOICHI」
というユニークなジャーナリストを知っているか?
と聞かれたことがあった。あの都築響一だ、
今もスティーブに会うと「KYOICHI」は、どうしている?と聞かれる。
今日も、その「KYOICHI」とあるデザインコンペの審査員同士という関係で会ったときに、
この本を頂いた。
一度慶應の坂井研で講師として招聘するつもりだ。
「アートの最前線は美術館や美術大学ではなく、
天才とクズと、真実とハッタリがからみあうストリートにある。」
と語る「KYOICHI」が素敵な本を出した。
「HEAVEN 都築響一と巡る社会の窓から見たニッポン」
(以下都築響一のWEBから)
僕はジャーナリストだ。アーティストじゃない。
ジャーナリストの仕事とは、最前線にいつづけることだ。
そして戦争の最前線が大統領執務室ではなく泥にまみれた大地にあるように、
アートの最前線は美術館や美術大学ではなく、
天才とクズと、真実とハッタリがからみあうストリートにある。
ほんとうに新しいなにかに出会ったとき、人はすぐさまそれを美しいとか、
優れているとか評価できはしない。最高なのか最低なのか判断できないけれど、
こころの内側を逆撫でされたような、いても立ってもいられない気持ちにさせられる、
なにか。評論家が司令部で戦況を読み解く人間だとしたら、ジャーナリストは泥まみれになりながら、
そんな「わけがわからないけど気になってしょうがないもの」に突っ込んでいく一兵卒なのだろう。
戦場で兵士が命を落とすように、そこでは勘違いしたジャーナリストが仕事生命を危険にさらす。
でも解釈を許さない生のリアリティは、最前線にしかありえない。
そして日本の最前線=ストリートはつねに発情しているのだし、
発情する日本のストリートは「わけがわからないけど気になってしょうがないもの」だらけだ。
この展覧会の主役は彼ら、名もないストリートの作り手たちだ。
文化的なメディアからはいっさい黙殺されつづけてきた、路傍の天才たちだ。
自分たちはアートを作ってるなんて、まったく思ってない彼らのクリエイティヴィティの純度が、
いまや美術館を飾るアーティストの「作品」よりもはるかに、僕らの眼とこころに突き刺さってくるのは、
どういうことなのだろう。アートじゃないはずのものが、
はるかにアーティスティックに見えてしまうのは、なぜなんだろう。
僕の写真、僕の本はそんな彼らを記録し、後の世に伝える道具に過ぎない。
これからお目にかける写真がどう撮られたかではなく、
なにが写っているかを見ていただけたら幸いである。
これは発情する最前線からの緊急報なのだから。
著者:都築響一
編集:金谷仁美
デザイン:坂 哲二
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
都築 響一
1956年、東京生まれ。76年から86年までポパイ、ブルータス誌で現代美術、
建築、デザイン、都市生活などの記事をおもに担当する。89年から92年にかけて、
1980年代の世界の現代美術の動向を包括的に網羅した
全102巻の現代美術全集『アート・ランダム』を刊行。
以来現代美術、建築、写真、デザインなどの分野での執筆活動、
書籍編集を続けている。週刊SPA!誌上で5年間にわたって連載された、
日本各地の奇妙な新興名所を訪ね歩く『珍日本紀行』の総集編
『ROADSIDE JAPAN』が1997年冬に発売されている
(アスペクト刊、第23回・木村伊兵衛賞受賞、2000年増補改訂文庫版東日本編、
西日本編を筑摩書房より刊行) |
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2010年07月22日
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