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南京渡洋爆撃続き2

1937年8月15日に開始された南京空爆は,同年12月13日日本軍が占領するまで4ヶ月間長期にわかって行われた。

 第一期は,8月中旬から下旬にかけて夜間空襲を主要な作戦とした。8月15日白昼に低空爆撃をしたのだが,日本機の4機が撃墜され,6機が被弾されたので,迫撃を受けない夜間空襲に変更した。
南京空襲は,軍事施設,軍事目標を限定したものと強弁したのだが,(どこかの国のようで)地上の建物が判別できない夜間の被害は,民家市民に及んだ。

第二期は,9月から10月まで,本格的な戦略的爆撃が強化された。上海に飛行場を築いた日本海軍は,偵察機,戦闘機,爆撃機からなる南京空襲隊を編成し,中国軍の抗戦力を奪うために首都南京(国民政府)への戦略爆撃を強行した。上海から脱出して来た難民収容所にも爆弾が投下され,まさしく無差別爆撃であった。

第三期は,11月から12月13日の南京占領までの期間。陸軍との攻略共同作戦として,中国首都の抗戦力を奪う作戦を実行した。

南京空爆の合計は,50数回に及び,参加機は延べ900余機,投下爆弾は160トンにも及んだ。

第三期の南京攻撃は最も熾烈を極め,死者多数であったが,南京首都が重慶に移ったために記録する機関は皆無と也,被害実数は不明である。

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K・カール・カワカミ『シナ大陸の真相』より

八月一四日に中国軍の爆撃機が国際租界のパレスホテル及びキャセイホテルの近くに爆弾を投下した。 この付近は極東で最も有名な簡易宿泊街であり、百名以上が死んだ。

八月一六日に中国軍は別の爆弾を租界の大通りに落とし、 数名の外国人と中国人を死亡させた。

八月二三日に中国軍の飛行機は再び国際租界を爆撃したが、 この時は上海で最大の中国人の商業施設であるシンシアー及びウイン.オンデパートを直撃し、二百人以上を死亡させその他に二百人を負傷させた。 ニューヨークタイムズの二人の特派員がこの負傷者の中に入っていた。

八月三〇日、 中国軍爆撃機の飛行大隊がアメリカの大型定期船プレジデント・フーバー.号を攻撃し、五人の水夫と二人の乗客を負傷させ、その中の一人が数日後亡くなった。

2017/2/16(木) 午前 1:45 [ 日中国交正常化45年南京80年に学ぶ ]


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