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☆ 夏の旧軽井沢(きゅうかる)散歩
アレキサンダー・ショー宣教師が避暑地として世界に紹介した軽井沢
「ショー記念礼拝堂」(1895・M28)
軽井沢は、避暑地だから我々庶民には関係ない・・
と言う声が聞こえるわりには、駐車場には軽車両や普通車がいっぱい!
「ショッピングプラザ」や「旧軽銀座」には多くの人が集まり、
スマイルしぶこ で若者が駆け付けた「セブンツーゴルフ」など
「動」の軽井沢の夏、
そして、やっぱり静かな別荘街・・
ショー氏の紹介で軽井沢へ訪れた人たちを
洋風スタイルで泊めたのが、「万平(まんぺい)ホテル」
中軽井沢(なかかる)・南軽・北軽・追分など標高千米の
エリアは広い。
今回は、「動」と「静」の ” 旧軽井沢(きゅうかる)” を散策・・
旧 軽 並 木 を 自 転 車 で
聖パウロ・カトリック教会
(堀辰雄の「木の十字架」で紹介され、挙式者が多い)
旧 三 笠 ホ テ ル (重文)
(軽井沢の鹿鳴館と呼ばれた日本人設計の洋風建築)
上皇ご夫妻は、軽井沢大日向 でご静養中で、
25日、思い出の「軽井沢コート」に立ち寄られた。
上皇ご夫妻の思い出のテニスコート
* 「動」の 軽 井 沢
聖パウロ教会の隣「旧軽銀座」はいつも賑やか
駅南口の「プリンス・ショッピングプラザ」、
217店舗への来場者は、一千万人超(年)
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アベーバ・ブログ への引っ越しのお知らせ!
長い間、ヤフーブログ でのお付き合い有難うございました。
投稿=1793回 アクセス=210,120回
でした。
「ヤフーブログ」サービス終了 に伴い
次回(9月)より
「アメブロ」へ引っ越しします。
引き続き
《千曲川旅日記》 ☟クリック
お立ち寄りください。
(只今、移行中で難儀してまして未投稿ですが)
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軽 井 沢
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詳細
コメント(26)
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☆ 梅 雨 の 軽 井 沢 散 歩
雲 場 池(くもばいけ・旧軽)
(浅間山系からの湧水が新緑を映し出す)
「G20関係閣僚会議」が軽井沢プリンスHで開催された
のは先週の15日〜16日。
プラスチックごみ廃棄など自然環境汚染などの議論がなされた
模様であるが、
その日、奇麗な湖沼が多いと言われる軽井沢の池を散策してみた。
白 糸 の 滝 ( 北 軽 )
(3m×70m 地下水がわん曲した湖面に流れ出る)
矢 ケ 崎 公 園 (軽井沢駅北口)
(左・離山の向こうに 浅間山 右・故ソニー会長が寄付した大賀ホール)
プリンスショッピングプラザ(駅南口)
(ブランド店&アウトレット店=217店舗、
池の向こうの木立の中は G20会場・プリンスホテル)
千 ヶ 滝 (中軽)
** 雨 に 歩 け ば 軽 井 沢 **
G20会議最中の軽井沢は6月の雨、晴山やセブンツーゴルフの
南軽井沢、特に プリンス通り 一帯の警備は厳しかったが、
離れた所にある「塩沢湖」や「星野エリア」は、
小雨のためか人はまばらだった !
* タリアセン塩沢湖
睡 鳩 荘(すいきゅうそう・登録有形文化財)
(ガイドブックより)
” 軽井沢タリアセンの中心は、雄大な浅間山を望む塩沢湖。
その湖面は、春の芽吹きから夏の青葉、秋の紅葉、冬の氷結まで、
四季を通じて自然が織りなすさまざまな表情を映し出します。
タリアセンとは、ウエールズ語で「輝ける額(ひたい)」を意味し、
芸術の栄光をうたった19世紀ウエールズの吟遊詩人の名でもあり
ます ”
中 の 島 橋(塩沢湖・南軽井沢)
* アンブレラスカイ 2019(中軽井沢・星野エリア)
” 赤や青、緑など色とりどりの100本の傘が、暗くなりがちな
梅雨空を彩るハルニレテラス。
雨が降ると、ウッドデッキには傘や木々の新緑が映り込み
いっそう鮮やかに ”
湯 川 散 歩 道
(R146号で車を留め、湯川沿いの春楡通りを散歩)
今は静かな軽井沢、
梅雨が明ければ賑やかに、
また、そのころ旧軽へ行ってみることに・・
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☆ 天皇皇后両陛下が軽井沢へ
今年もご静養で軽井沢へお越しになられた両陛下、
今回は 平成天皇最後のご訪問となった。
歴史的建造物・聖パウロカトリック教会
挙式するカップルが多い(旧軽)
静けさを写す雲場池
旧駅舎(左)は、しなの鉄道・軽井沢駅 として復活
プリンスショッピングプラザは、年間1000万人(南口)
* 思い出のテニスコート
思い出のテニスコートへ(25日)
* 大日向(おおひなた)開拓地
浅間山を望む大日向開拓地をご訪問(24日)
S6年、関東軍が制圧し満州国 建国、満蒙開拓団27万人を
送り込む。
・・・・・
S20年、ソ連軍の侵攻・・・開拓団は、はじめて終戦を知る ?
命からがら逃げたが、逃げ遅れて集団自決者も !
祖国の土を踏めたのは半分・・
さらに、
故郷の家や田は(佐久穂町・大日向)はすでに他人のものに・
浅間山の火山灰地(標高1000m)を耕し生き延びた・・
皇太子時代から満蒙開拓に感心を持っていた天皇は、
度々大日向を訪れ、
地区公民館で開拓者と語り続けてきたのであるが、
開拓73年、高齢化し現役農家は一家族・・、
今回、平成天皇最後の大日向開拓地訪問となった。
上皇陛下となってもまた・・・。
宿泊は民間の研修所を使用(22日〜26日)(町内)
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☆ 冬 の 軽 井 沢
セブン ツーから見る浅間山
夏場賑わった軽井沢も今は静か
しかし、今しか見られない景観がそこに !
* 白糸の滝・冬景色
白 糸 の 滝
* ショー記念礼拝堂
宣教師A・ショー氏が建てた別荘が、軽井沢別荘地の始まり
ショー記念礼拝堂(裏手に当時の別荘)
* 矢ケ崎公園冬物語
軽井沢駅近くの矢ケ崎公園
* SC軽井沢 ピョンチャンへ
風越公園 アイスパーク
冬のアスリートが多い信州、
金メダル候補には、小平奈緒(スピード・茅野市)など期待されて
いる平昌五輪、
今人気のカーリングの 「SC軽井沢C」も平昌へ向かった !
頭脳戦も加わるカーリング が人気
* 南相木村の三姉妹も !
軽井沢町(北佐久郡)と同じ東信濃に人口1000人余の南相木村
(みなみあいき・南佐久郡)が有る。
関東4県と隣接する南佐久郡、
あのJAL123便の御巣鷹山(上野村・群馬県)や、
千曲川の源流・甲武信ヶ岳(こぶしがたけ 甲斐・武蔵・信濃 の県境山)
の川上村(長野県)も おとなりさん。
南相木ダム(奥三川湖)から 落ちる 水力発電関連で村に おちる お金
などで、財政は余裕の町村第2位(県内1位は軽井沢町)。
その村の行政を預かった前村長の娘達は、
標高1000Mの奥三川湖で滑ったアスリート・・・
菊池彩花(次女・富士急) スピード・パシュート
菊池悠稀(三女・ANA) ショートトラック
菊池純礼(五女・トヨタ) ショートトラック
頑張れにニッポン !
奥 三 川 湖
* 諏訪湖に御神渡り出現 !
諏訪大社・上社の男神が下社の女神の所へ通ったあと ・・という
氷の盛り上がり現象 ” おみわたり ” が5年ぶりに出現 !
小平奈緒さんが育った 諏訪湖の御神渡り、
八釼神社宮司さんの拝謁式が昨日 ・・ ご神託は ・・!?
寒い冬に全面結氷し登場する 御神渡り
立春寒波 ガンバロウ !!
御 神 渡 り
(諏訪市から下諏訪町へと続く神秘的な道)
(写真は前回)
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☆ 歴 史 の 道 は 碓 氷 峠 か ら
「第三橋梁 眼鏡橋」は遊歩道に
横川(上州・松井田)から軽井沢(信州)への中山道(なかせんどう)
碓氷峠(うすいとうげ)は急坂 ・・
その昔、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征の際、
嘆きながら峠を登りきったとき、つい恋しい妻の名を呼んだ !!
という古事から 浅間山東側の群馬県(北軽)は、
吾妻郡・嬬恋村(あがつまぐん・つまごいむら)と呼ぶ ・・
上信越道・碓氷軽井沢IC付近から見る妙義連山
国鉄・信越本線の汽車もまた、急坂に苦しみ、特殊機関車とレールに
歯車をつけ、アブト式ラックルレールにてゆっくりと・・
当時、東京日帰りが困難だった !
長野県歌「信濃の国」 にこの辺のことが詠まれている。
♪ 日本武 嘆きたまいし碓氷山 穿つ(うがつ)トンネル26
夢にも越ゆる汽車の道 ・・♪
当時は急傾斜で トンネル26の難所、その後傾斜も緩やかな
ルートに移ったが、長野新幹線(現 北陸新幹線)開通により廃線と
なった。
現在、軽井沢〜東京は、一時間の通勤圏内に !
* 旧 軽 井 沢 駅 舎
軽 井 沢 旧 駅 舎
新軽井沢駅の隣に「旧駅舎」が保存されている。
ファンの要望に応え、今月より旧駅舎改札口が復活 !
しなの鉄道(JRから三セクへ移管)に乗ることが出来る。
改札を出ると、アブト式電車が目の前に !
ア ブ ト 式 電 車(軽井沢駅)
* 碓 氷 峠 の 権 現 様
中山道碓氷峠の頂上が信州と上州の国境で 熊野権現 を祀ってある。
右は熊野神社(上州) 左は熊野皇太神社(信州)で、
二つのお賽銭箱の間が県境線となっている。 *追分(おいわけ)宿
追 分 宿 ・ 油 屋
中山道69次 江戸から20番目の宿場、
北国街道(ほっこくかいどう=善光寺街道)との分岐点「追分宿」
明治の文豪・芥川龍之介や堀辰雄が愛した おいわけの宿、
油屋は多くの文士たちが利用した。
* 分 去 れ (わかされ ) の 碑
中山道・北国街道の分岐点 「分去れの碑」
追分宿分岐点に有る「分去れ碑」には、
” さらしなは右 みよしのは左 月と花とを 追分の宿 ”
と書いてある。
右行けば北国街道・さらしなへ
・・ 更科(姨捨)は、月の名所
左に行けば中山道・みよしのへ
・・南朝のあった奈良・御吉野は、桜(花)の名所
華やかだった中山道はその役目を終え、
花行きだった道(左側)は、現在 長野行(月行き)国道となっている。
現在の信越本線は横川までで、北陸新幹線(開通時は長野新幹線)にタッチ
横川〜軽井沢は廃線、軽井沢〜篠ノ井 長野〜妙高は しなの鉄道に、
(篠ノ井〜長野間は信越本線として残る)
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