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☆ 長 楽 寺 の 秋
姨捨駅から、車は迂回するが、坂を下りると僅かでお寺に到着する、
ここは、信濃三十三番札の十四番 天台宗・長楽寺(ちょうらくじ)
古今和歌集(905)に 「姨捨の月」 が読まれ、
大和物語(956)の 「棄老伝説」、
狂言本・木賊(1578)にも、「田毎の月」 が登場する
そして、
芭蕉は、更級紀行(1688)で、
岩の麓で、泣く姥と出会い 「おもかげや ・ ・ 」と、
「姨捨の月」を詠んでいる
その後、姨捨の月を観に訪れる人が絶えなかったようで、
一茶は、
” 名月や どこにおっても 人の邪魔 ” と、賑わいぶりを句にし、
歌川広重(854)も、「信濃更科田毎月鏡台山」を描いている
☆ 秋には、多くの人達が訪れたが、
やがて、寒〜い 冬がやってくる ・ ・
おりん は、常ふだんから
” 七十になった正月には 山へいくつもりだ ”
” わしが 山へ行くときァ きっと雪がふるぞ ”
・ ・ ・ ・
「おっかあ ふんとに雪がふったァ !
おっかあ 運がいいなァ 」 と辰平 ・ ・
深沢七郎 楢山節考 より
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☆ 北国街道を行く
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☆ 三大車窓・おばすて駅
松本城主だった小笠原氏が発見したと言われている「小笠原諸島」、
昨日から、その西之島で噴火が ・ ・
善光寺街道は、この松本城下町を後に塩尻宿へと進む ・ ・
丁度、別規格で「中山道ぶらり旅」が、下諏訪宿まで来ている、
塩嶺峠を越えれば、次は塩尻宿、これから先の木曽路の旅は、
そちらにバトンタッチすることに ・ ・
スイッチバックにて、右下の本線に
姨捨から歩んできた善光寺街道、
今、姨捨の長楽寺が綺麗に色付いている ・ ・ との情報が !
早速折り返し、篠ノ井線にて姨捨駅に戻る
姨捨駅資料より
”日本三大車窓”と呼ばれた姨捨駅、
1900年(M33)の開業で、標高547mの所を、
勾配25%(40m進むごとに1m上がる)という急こう配、
駅舎は確保したが前には障害が!
やむなくスイッチバックで ・ ・
現在では貴重になった存在の姨捨駅は、
日経新聞の最近の調査でも、
” 足を延ばして訪れたい駅 ” で、全国2位(1位は門司港駅)と人気だ
善光寺平の向こうには、
雪化粧した戸隠連山(左)と飯縄山が
ナイトビュー 姨捨
駅の下に有る長楽寺は、秋色に染まっていた (次回)
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☆ 松 本 城
北アルプス・大町方面から流れる高瀬川、槍・穂高からの梓川、
そして、中山道・鳥居峠からの奈良井川等がこの安曇野で合流して
犀川(さいがわ)となり、川中島にて千曲川にバトンタッチ ・ ・
旧善光寺街道は、この奈良井川を少しのぼると城下町・松本に到着する。
国宝四城(姫路・彦根・犬山)のひとつの「松本城」、
桃山時代の建造で、地名をとって「深志城」と呼ばれていた、
全体が黒いので「烏城(からすじょう)」とも呼ばれる、
太 鼓 門 駐車場が埋め橋近くに有るので、反対側の太鼓門まで行く人は少ない、
最近は、大名町側の住宅地を回収して「南西外堀」復活計画が !
埋 め 橋 か ら
☆ 開 智 学 校
明治6年開校の開智学校(かいちがっこう)、
長野県に吸収される前の筑摩県(ちくまけん)の県学として発足、
市の中心部の女鳥羽川沿いにて90年間使われてきたが、
S36年、松本城近くに移築された。
国の重文で、今夏両陛下も入館された
☆ 上 高 地
美しヶ原等、多くの観光地の玄関口・松本
穂高連峰を望む河童橋の景観は、一見の価値あり。
河 童 橋 よ り
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☆ 白 鳥 舞 う 安 曇 野
南安曇郡の豊科町・穂高町等が、東筑摩郡の明科(あかしな)町と、
広域合併して、安曇野市になったのは、最近のこと ・ ・
高速IC名も豊科から安曇野に変わり、朝ドラ・おひさま、大王ワサビ農場、
JRの吉永小百合・安曇野CM等によって、旅人が多くなった ・ ・
* 雪の北アルプス
安曇野の向こうに展開する北アルプス、
明科方面から見る景色は、全景が見えて素晴らしい
* アルプスからの伏流水が豊富な安曇野
明科の龍門淵公園には、犀川に流れ込む水流に挑戦する
カヌー競技が人気 !
* 今年も、犀川の湖に毎日帰ってきている コハクチョウ
シーズンには千羽を越す
(今年1月・御宝殿白鳥湖)
* 北アには、三千米を越す山が連なるが、
槍・穂高は、奥のため、高い所へ行かないと見れない ・ ・
市民から人気の美しい山・常念(じょうねん)岳を見ながら飛ぶ白鳥たち !
* 白鳥が安曇野に舞う !!
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☆ 国鉄廃線敷ウオーク(2)
* 小沢川橋梁
漆久保トンネルの線路下を流れる小沢川へ降りて見る、
アーチ軸と線路が直行しない、75度の特殊斜めアーチで、
煉瓦はイギリス積み方式を採用した、全国でも極めて稀な橋梁。
* 木曽御嶽山を開いた 普寛・覚明像
善光寺街道は、信州人にとっては、御嶽山参りの街道 でもある
信仰の山・木曽御嶽を開いた
普寛(ふかん)師と、覚明(かくめい)師の像が旅行く人を見守ってくれる
普 寛 像 (右) と 覚 明 像
この旧街道に国鉄・篠ノ井線を開通させた際、
測量技師が、見通しが悪いため、
普寛像の鼻をゲンノウで叩いて落としてしまった ・ ・ ・ とか !
* ケヤキの森
しばらく歩くと、欅の木が茂る公園あたりで、信号が赤に見えた ?
この辺で、トイレ休憩 ・ ・
* 三五山トンネル
最後の三五山(さんごやま)トンネルが見えてきた
この隧道を越えると、明科(あかしな)駅も近いが、
このトンネルは潜れないので、迂回すると ・ ・
そこに見えたのは、北アルプスの絶景と白鳥の舞!(次回)
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