生源寺
伝教大師ご誕生の地 (近江西国三十三所霊場 第六番札所)
再建は文禄四年(1595)
ここは、比叡山を開かれた伝教大師がお生まれになったところで、後に寺が建てられ
「生源寺」(しょうげんじ)と名づけられた。
ご本尊は一二面観世音菩薩で慈覚大師作と伝えられている。現在の本堂は1595年
(文禄4年)に詮舜によって再建され、さらに1710年(宝永7年)に改築されたものという。伝教大師は、767(神護景雲元)年8月18日に誕生されたが、父は三津首百枝(みつのおびとももえ)公、母は藤原藤子妃で、本堂にそのご尊像が祀られている。
山門のかたわらに「開山伝教大師御誕生地」の碑があり、門を入ると、右手に井戸があり、「伝教大師御産湯井」の石碑がある。生源寺は比叡山延暦寺の西塔の総里坊格の寺で、近世には一山の寺務を総括した重要な里坊であったから、叡山文庫には多くの「生源寺記録」が残っている。
伝教大師 「産湯の井戸」
神護景雲元年(767)8月18日伝教大師がこの井戸といわれている。
毎年8月18日の夜に行われる伝教大師のご誕生会には、法要やご詠歌講、盆踊りなどが催され各地から多数の人々が集まりたいへん賑わいます。
生源寺の「破鐘」(われがね)
元亀2年(1571)9月12日明け方、雲霞のごとき織田信長の軍勢が押し寄せるのを、日吉大社への朝参りの帰途に発見した土地の古老が人々に急を告げるため生源寺の釣鐘を力の限り乱打し異変を伝え、僧兵・公人・住民などで大いに防いだが、何分不意打ちのため全山灰燼に帰した。世に云う信長の叡山焼討ちである。あまりにも強く打ち鳴らしたため、ひびが入り不思議な音色になった。
それ以後、生源寺の鐘は坂本町民の非常用梵鐘として、また日吉大社の例祭や日吉礼拝堂の合図として使用され、破鐘の音は地元住民になつかしさを覚えさす音色で、現在はJR比叡山坂本駅北側「坂本石積みの郷」公園に保存されている。
別當大師堂(べっとうだいしどう)
伝教大師最澄の高弟であった別當大師光定(779〜856)は、義真・円澄・円仁の格和尚と共に伝教大師四高弟の一人であるが、特にその人柄は円満福徳の相で、それでいて自らに厳しく護法と特戒の人であったと云われ、生前から大黒様の化身とも評されていた高僧であった。伝教大師の弟子になられてからは、最も側近として仕えられ、また最も愛されたお弟子でもあった。76才のとき、延暦寺僧別當に任ぜられたので、後にこの名が大師号として贈られた。
当大師堂が、伝教大師ご誕生のこの地に、生源寺境内に建立されたのは、別當大師への地元の人々の熱い思いに他ならない。
生源寺 年中行事
毎月18日 午後1時30分 例月回向法要
8月17日〜18日 伝教大師ご誕生会
12月31日 除夜の鐘
4月8日 花まつり
書道・生源寺塾
月三回土曜日午後一時から
幼児(三才以上)から大学生まで、及び一般の人を対象に指導しております。
随時入塾いただけます(有料)
貸会場
生源寺・別當大師堂は冠婚葬祭(仏式)にご利用いただけます。(予約・有料)
お問合せ【生源寺】
〒520-0113 大津市坂本六丁目1−17
電話 077(578)0205
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