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心沈む日もあるのです。
無理に笑うのは嫌だと思っていました。ましてや、笑えと強要されることもイヤです。
ですが、なんだかこう、今の世の中マクドナルドでスマイル0円、ロボットのようにいつも笑っていることを強要されたりすることってないですか?私はそう言うのはとても嫌なのです。
イヤなのですが、自分がサービスを受ける側になると、なぜか傲慢になって、どうして相手が微笑んでくれないのか?と腹立たしく思う自分もいます。いますが、最近はそう言うことを思うのをやめました。人間だもん。機嫌の悪い日もあるさってね。まぁ、理由もなく怒りをぶつけられるのは嫌ですからそれはカンベン願いたいと思うわけですが。
心沈む日もあるのです。
可哀相って思われる状況にハマっちゃうときってありますね。私って可哀相でしょう?ギャグじゃなく言うのって何だかつまんない気がしたり。まぁ、悲劇のヒロイン似合う人はいいですよ。私はどうも性にあわない。性に合わない人がいたっていいと思うんです。まぁ、アンタ可哀相なんでしょ泣いてなさいよみたいに傍観者って言うのは思ったりするもんです。可哀相な人は可哀相な顔をして欲しいみたいなね。でも長いこと可哀相な状況で、毎日毎日可哀相ではいられませんよ人間。だからもう思いきって出来ることなら大笑いしながら行こうじゃないの。と思うことにした時期もあるんです。カラ元気ってこう言うのなんでしょうね。
そのとき気がついたんですが、人間辛い時って息してないですね。緊張してこわばって歌も歌えない。
びっくりしましたよ。でも、無理してがんばってると、そのうち慣れてくる。無理するの嫌いなんですけどね。でも少しがんばってみようってときって言うのは、少し元気が出てきてるのかも。そこで踏ん張るか踏ん張らないかで、その後の結果が違ってくるのかも。少し元気が出てくるか出て来ないか。これは本人のがんばりと関係ない与えられたものだと思いますが。例えばしかし、風のない時に帆を張っても動けないけど、帆を張っていれば、風を受けとめることが出来る。帆を張るタイミングとかね。そう言うものを考えないといけないってこと。
笑いの効用について書こうと思ったんですが、遠回りしてしまいました。
心沈む日は無理に笑わなくても良いと思うんですが、でも、ちょっとがんばれるなら、心ばかり見つめてないで空を見上げてみたり、街角の猫と戯れて見たりすれば、元気が出るような気がします。
まずは元気を出ますように。
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