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信仰とは何のためにあるのか。
自分の心を落ち着かせるため。
落ち着くのなら、イワシの頭でも良いのではないでしょうかと、正直私は思うわけです。
仏教。私はその全てを理解してはいない。
私のなかの観音に耳を傾けるだけ。
お釈迦様は、このような場合、どのように思われたのか。と。
時空を超えて考えてみる。静かな心の中での対話。
しかしそれは私の中の物語でしかなく、本当はどうなのか誰も今となってはわからないほど遠い昔の話。
私が想うことはそこにはないかもしれない。ただの幻かも。
恋に焦がれているときのような、せつなさを感じます。
仏教の仏典に詳しくなくても、お釈迦様が本当はそう言うふうに言っていなかったとしても、やはり私が信じるのは、人間として生きたいということなのではないかと思います。
又至らないからこそ、観音に憧れるということです。
合掌>
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