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愛国駅

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(特派員 母)

北海道帯広市愛国町にあった旧国鉄)広尾線の駅で広尾線の廃止に伴い1987年に廃止された

同線には幸福駅があり「愛の国から幸福へ」のキャッチフレーズと共にブームを巻き起こした

廃止後も観光地として整備されている

1929年に鉄道省広尾線の帯広〜中札内の駅として開業し

駅名の由来となった地名は「愛国青年団」という名の団体(開拓団)があったことによる

この駅のブームになったきっかけは幸福駅でご紹介したので...

その幸福駅の記事

幸福駅は当時に始まり現在もなお継続する縁起の良い駅名の入場券・乗車券を求める

ブームの嚆矢となった駅であり全国のローカル線やローカル鉄道会社に記念入場券で収益を補うという

新たなサイドビジネスを提案することとなった

1983年には1000万セット売れた実績がある

幸福駅の事例により全国の縁起の良い名前を持つ駅でもあったので...

1987年に広尾線廃止によって駅も無くなったが

愛国駅の駅舎は改修され交通記念館となっていて館内では当時使用していた切符、パネル

蒸気機関車を展示していて

また記念館横には愛国駅から幸福駅までの片道乗車券を模したモニュメントが設置されている

駅前の商店では現在でも乗車券のレプリカが専用のケース(キーホルダー)と共に販売されている

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久々に銀座のキルフェボンで購入

マンゴーのババロアと桃ババロアを購入

私はマンゴーのババロアを食べた

絶妙な酸味とバランスの良い甘さが味わいマンゴーと

口とけのよいババロアとの相性がとてもよく久々にマンゴーお菓子で満足な物を食べました

桃ババロアも少しもらえばよかったです...


キルフェボンのHP
http://www.quil-fait-bon.com/

和商市場の勝手丼

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(特派員 母)

釧路で海産物のおみやげや飲食と言ったら和商市場でしょう...

根室行かなくても花咲カニとかもありますので...

ここで名物というと勝手丼!

名前の通り好きな刺身類をご飯の上にのっけて食べるスタイル!

詳しくはわからないが函館の朝市でもやっているようですが...

ここが元祖らしい

母はウニ、イクラ、ネギトロ、中トロ、タイ、シメサバをのせたようです

好きな組み合わせで食べられるので最高だそうです!

ご飯は中盛りで250円になっていてあとは具によって値段が変わってきます

母ので2000円はしていませんので...


和商市場のHP
http://www.washoichiba.com/

ケロリン桶

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私のコレクションでわが家で使っているお風呂桶の一つ!

今回さらにこの桶を増やしてみたのでおニューです

この桶見たことがある方多いだろう

銭湯やゴルフ場、温泉では定番の桶ですからね!

ケロリン...中外薬品の頭痛薬ブランド

このケロリン桶銭湯の桶に広告入れるというアイデアなかなかいい着眼点かもしれない...

そもそも桶作っている社長が営業して広告入れたのがケロリンだった

昔は木の桶だが衛生面と丈夫さで人気を博して昭和30年代後半から普及したのがこの桶であった

お風呂屋の桶というとケロリン桶ですもんね!

実はケロリン桶は東日本と西日本って違う

それは西日本の場合は浴槽のお湯をかけ湯する方が多いので小さい

東日本は蛇口のお湯を使うので大きめとそのスタイルに合わせているのが特徴的です

物量は東日本のが9割を占めているそうです

なおこのケロリン桶東急ハンズで売っております


製作元の睦和商事のHP
http://www.mintworks.com/mutuwa/

幸福駅

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(特派員 母)

北海道帯広市幸福町にあった旧国鉄広尾線の駅で

広尾線の廃止に伴い1987年に廃止されたが

駅名の縁起の良さから乗車券や入場券などで有名であり廃止後も観光地として整備された

もとはこの一帯はアイヌ語で「サチナイ(乾いた川の意)」と呼ばれていて

1897年福井県大野から集団移住が行われ入植者によって

幸震(震の字を「ない」にあてたのは地震のことを古語で「ない」といった事による)

という字を当てらそれが後に音読みされて「こうしん」となってしまった

その後幸震には福井からの移住者が多かったことにちなんで集落名を幸福と改め

あえてこの名を選んだのは開拓の苦しさと無縁ではないという

1956年に幸福仮乗降場を経て幸福駅が開業し

このころから片面ホーム一面に線路一線の棒線駅で

駅舎と呼ぶには小さな待合室だけの田舎の小駅にすぎなかった

1973年にNHKの紀行番組『新日本紀行』において

『幸福への旅 〜帯広〜』として紹介されたことから知名度が上昇した

それまでもこの駅は一部の旅人に注目されていたが

片面ホームしか持たず交換すら出来ないこの小さな駅が全国規模で有名になるのは

この番組の放映の後なので

周りの駅は相次いで幸福駅までの乗車券を増刷し

幸福駅の周りの商店も入場券の販売をするようになり

北海道のいわば果てのような場所に位置し旅情があったこともこのブームに火をつける理由となった

特に幸福駅より二つ帯広駅寄りの愛国駅と併せて「愛国から幸福ゆき」という切符が一大ブームとなる

1974年にはこれを元にした歌『愛の国から幸福へ』も登場し

4年間で1000万枚も売れて観光客が多数訪れるようになり

待合室の内外に利用者が名刺や使用済みの定期券などを記念に残していくようになった

しかしこのブームも広尾線全体の営業改善にはあまり結びつかず

最末期は一日片道6本という同線の便数の少なさもあって

この駅を訪れる観光客自体観光バスやレンタカーを利用することが多く

同線は1984年に第2次廃止対象特定地方交通線に指定され

1987年に幸福駅は広尾線とともに廃止となった

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