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れもんの日記
埼玉の音鉄の日記(的な何か)です。

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詳細は控えますが、とあるフォロワーさんの方で色々あっているようで、前々から書こうかなと思っていたことを書かせていただきます。

大事なことなので、予め断っておきますが、当文章で他人を責めたり、傷つけたり、批判したりするつもりは全くないですが、非常に悪い内容を書きますので、ご承知おきください。
読むのが嫌になったら、その時点で無視していただいて構いません。
色々意見はあるかと思いますが、私の勝手な個人的見解ですので、その点もご了承ください。

では、いくつか話をさせていただきますが、まずは、私が高2の時のことから。
体育の授業中に骨折して病院に行きました。
マラソン大会が近かったこともあり、早期に体育に復帰することとマラソン大会への参加を私としては希望していました。
しかし、医者からは絶対にダメと言われ相手にして貰えませんでした。
少し経過を見れば変化はあるかと思いましたが、残念ながら、どんなに話をしても完全に完治するまでダメという医者の考えに変わりはなく、仮に完治前に復帰させた場合、どのようなリスクがあるか説明されませんでした。
医者も父親も全く私の意見など受け入れようとしてくれませんでした。母だけが少しだけ受け入れてくれ、他の医者の診察を受け、注意を要するが復帰可能との見解を得ました。
身体は治りかけていましたが、既に心や人生は破壊し尽くされており、これ以上の破壊を食い止めたいとの考えから最初の医者のところから逃げました。父親に対しても激怒しました。

続いて高3の時の話。
高3の夏脾臓が腫れて2学期早々入院し、高校皆勤は消え去りました。
もう一つ私には目標があり、それは運動が苦手でありながらも体育で5を取ることでした。
退院日前日、病室にて母親と大喧嘩しました。
喧嘩の原因は母親が入院していたからという理由だけで、当日時点においての医者の見解や自ら本やネットなどで調べた結果を伝えることなく退院後2週間は体育を見学してくれと言ったことでした。
私のわがままですが、得意種目満載の2学期を逃せば体育で5を取るなどさらに厳しくなり、これ以上1日たり、いや、1秒たりとも見学を含めて欠席を許せる状況ではありませんでした。
しかし、母親は身体のためとは言え、そのような状況を無視し、見学を回避したり、或いは、見学をしなければいけない理由を明確に明らかにしようともせずに、言ったためこのような大喧嘩となってしまいました。
最終的には、医者を呼び、血液検査のデータを取り寄せ、医者の話やデータなどを付き合わせた結果、まずは、危険を伴わない範囲で再開し、後日の検査で異常がなければ本格的に復帰することで母親と合意し、最終的には体育で5を取ることができました。

いずれの事案においても、一番許せなかったこととしては、最初からできないと決めつけ、或いはできない理由を作っているような行動をしたことでした。
本人には、そのようなつもりはなく、私の身体のことを考えての行動だったとは思いますが、私には頭ごなしにダメと言われたことてま、できないと決めつけているかできない理由を作っているように受け取れました。
確かに、世間一般的な考えだと思われる考え、具体的には、身体や命を大切にするならば、私の行動は適切さを欠いたものだったかもしれません。
特に後者においては、病室において大喧嘩をし、他の患者さんなどにも多大なる迷惑をかけたこと、私の身体のことを心配してくれた母親の意見を汲み取ろうともせず、喧嘩してしまったこともあり、友人などからもお叱りを受け、私としても大きな落ち度があったことは間違えありません。
しかしながら、私として最優先したかったこととしては、多少の制約はあろうとも一番やりたいことを達成すること。仮にできなかったとしても、それに向かって少しでも行動を起こすことでした。
仮にそれによって、怪我や病気が悪化し、良からぬ結果となろうとも、自分の気持ちに蓋をしてやらずに後悔するよりは心の傷は圧倒的に小さかったと自信を持って言えます。
身体の傷は治せたとしても、心の傷は絶対に治せない。そして、それは時に身体の傷よりも深刻なものなるならば、多少の犠牲を払ってでも自分自身が一番最優先したいことを優先すべきではないかと思います。

話は変わります。詳細な内容は控えますが、先日とある重要だと思われる用事が発生したため休暇を取ろうと思い上司と相談しました。しかし、私にはそれ以上に優先して休暇を回さなければいけない用事があり、何を最優先すべきなのか考えなさいとのお叱りを受けてしまいました。
仮にその最も優先しないといけない用事に休暇も含めて全てを振り向けたとしても、それが正しいかどうかはわかりませんし、それが良い結果となるかはわかりません。
でも、多少の犠牲を払ってでも、今、一番自分自身として優先しなければならないこと優先するという考えは正しいと思いますし、それを見失ってはいけないと思います。
これからの人生においても、その時点において、自分自身として、最も優先しなければならないことが何なのか見失わないようにしたいと考えています。

最後になりましたが、私もまだまだ未熟な人間であり、当時の対応において、医者や父親や母親に適切な対応を取ることができず、もっと違う対応はなかったのかという反省もあり、大変申し訳なく思っています。
当事案による深い溝や深い傷は今でも埋められておらず、残っている部分もあります。
しかし、過去のことはどうにもなりませんからその経験を活かし、今後よりよい行動ができるようにしていきたいと思います。

長くて重い内容の文章を大変失礼いたしました。

22歳になりました。

さて、遅くなりましたが、先日、7月21日で22歳になりました。
皆様からのお祝いの言葉誠にありがとうございました。
今後とも、よろしくお願いいたします。

そういえば、週報首都圏JR通勤電車ずっと放置していましたね。。。これまでの分を一気に上げるとなるときついなどうしようかな。。。
今週分からは上げようかと思います。すいません。止まっちゃった分はボツにしちゃうか必死に編集して今から上げるかちょっと考えさせてください。

体育

数日前から体育に関する話題がちらほらといろいろ聞こえてきますが、さっきmixiを見ていたらそれに関する記事が出ていました。
それに対して個人的見解をmixiの日記を先ほど、投稿しましたが、私としては皆さんに見ていただきたい内容ですので、同じ内容をこちらにも転載いたします。
ご一読いただけると幸いです。
なお、アルコールの勢いでかなり言いたい放題言っておりますが、何卒ご了承ください。
■「体育の授業を嫌いになった理由」に反響 「教師の責任」指摘続々 
(しらべぇ - 06月07日 05:02) 
http://news.mixi.jp/view_news.pl…
私個人が思うに体育の一番いけないところは何かというと全員が同じ基準でやるというのがいけないんじゃないかと。 
当然、運動が得意な子も苦手な子もいる。得意と言っても走るのが得意な子もいれば、水泳が得意な子もいれば、サッカーが得意な子、野球が得意な子。それら全部を同一の基準で対処するというのは当然不可能な話ではないでしょうか? 
であれば、一通り色々な競技を経験させるのは構いませんが、ある程度のところで適性がある協議数種類ぐらいに絞って、それに特化するというか。それを中心にしてやっていくようにするのがベストではないでしょうか。 
また、各個人の能力が違うということは当然、個人個人で目標点が変わってくるということになりますよね。例えば持久走である100人のグループがあったとして、そこで2位の子に対して、1位をめざせというのは努力すれば達成できそうな目標ではなかろうかと思いますが、100位の子に対して1位を目指せというのはほとんどの場合非現実的な話になるのではないかと思います。であれば、各個人で一人一人に合った目標を設定してそれを達成させてそれを評価するというのを考えたほうがいいんではないでしょうか。 
たしかに、同一の基準でやるのは非常に楽なことです。他方、いろいろなケースに合わせるというのは非常にめんどくさいことです。 
しかしながら、だからと言ってすべて同一の基準で物事を進めるというのが本当にいいんでしょうか。例えば、植物の水やりを例にとると乾燥に弱い植物に対してはこまめに水を与えないといけないですけど、逆に乾燥に強い植物に対して、それと同じ頻度、同じ量で水を与えると水を与えすぎて最悪枯れますよね。それと同じです。なんでもかんでも同じ基準でやっていてはうまくいかないんです。どうも私が思うに日本という国はみんな同じというのが良いようにされていますが、それではどこかにひずみが生じてやがてよからぬことが起きるんですからいい加減この考えは見直さなければならないかと思います。
私自身、小学生の頃は体育なんて大嫌い、中学生の頃も苦手な球技は嫌いだから大嫌いとは嫌いだと思っていましたが、高校生の途中から体育が好きになりました。小1の時は持久走で全速力で走ってどべを取った人間が高校生ではクラス7位(文化部としては1位)を取って体育の成績も5段階中の5になりました。そして、その5は先生が持ち上げてギリギリのところで5を付けたというのではなく、5を付ける基準を十分に超えており、真の5だと言えるものでした。 
こうなれた理由を言うと、中学校の先生が鉄道好きな私に鉄道の話題を振ってくれたり、高校の時の先生が的確なアドバイスをくれたり、あるいは、どちらもですが、成長した部分はちゃんと仮にできるひとからすればできて当然ではなかろうかと思う部分でもほめてくれたりっていうのがあったからです。 
全体的にどうだ。一般的にどうだ。という基準ではなく、私という人間においてどうであるべきかという基準で考えてくれたからです。 
こういう先生方に出会わなければ、未来永劫、私は運動や体育というものが好きになることはなかったかもしれません。
さっき、飲み会から帰ってきたばかりでアルコールがかなり回っていますし、私自身体育に対する思いはいろいろございますので、むちゃくちゃなことを申し上げたかもしれませんが、高校になってやっと好きななった人間としてはもっと早く好きなりたかったもっと早く体育の本当の魅力に気付いてもっと自分の可能性を広げたかったという後悔がございます。私のような後悔を未来の子供たちにさせないためにも無理難題を言っているかとは思いますが、今一度、体育の授業というものを根本的に見直して改善していただけないでしょうか。よろしくお願いします。
以上

9月5日

さて、本日は平成28年9月5日でございます。
私事ではございますが高校3年生の時に脾臓が腫れるという大事件(?)がございまして、」それで入院して退院したのが平成25年9月5日。つまり、本日で3年でございます。というわけで、本日は新潟県の六日町駅までE129系電車を録音してきました(おい。まー。たしかに毎年9月5日録音やってるけど)
さて、話それました。本題入ります。
3年前のあまりよろしくないできごとではございますが、とりあえず、いろいろなことがございました。
当時、私は体育の成績で「5」を取るという目標を立てていました。これは高校1年の時からの目標でございましたが、なかなか達成できていない状況でした。はっきり言って私は運動音痴でして容易に達成できるものではありませんでした。しかしながら、水泳と持久走が得意であり、その可能性がまったく0と言うことではありませんでした。
となると、高3の夏休みが終わったこの時期。仮に実行できるとすれば2学期しかないということでございますが、まー見事にこの時点で2学期の体育の授業3日も欠席してくれました。これ以上、欠席日数も見学日数も増やせない。というわけで「退院後2週間ほど(2種移管後にCT撮って経過を診る予定でした)体育を見学してほしい」と言っている母親には大変申し訳なかったのですが退院後即復帰とすることを退院日前日の夕方、提案しました。しかしながら、当初母親にはな得していただけず(当然と言えば当然すぎますが)、「なんでいうこと聞いてくれないの?」「2週間ぐらい良いじゃん」と詰め寄られる始末。私も私で「ごめんなさい。ごめんなさい。」以外何も言えず、結局のところ、お医者さんに血液検査のデーターを持ってきてもらってすべて正常範囲もしくは正常とみなしていい範囲になっていること、検査結果等々も踏まえたうえで復帰して差支えないことを説明してもらってなんとか母親には納得していただいた次第でございます。
私としてもできることなら母親の意見を聞きたいところではございましたが、体育で「5」を取るという目標を達成できそうなのももうこの機会以外ないという状況であり、大変申し訳ございませんが、どうしても聞き入れることができませんでした。
医者に説明してもらって差し支えないことが分かった後は文句ひとつ言わずに聴いていただき、持久走シーズンになると練習用具の購入から始まって一通り練習させてもらい最終的にはこの目標を達成することができました。ご協力いただきまして誠にありがとうございました。
また、お医者さんにおいては私の要望に応えていただき、一つ一つ私や母親にもわかるように説明していただき、知りたいと思えることは全部わかりました。本当にありがとうございました。
また、退院日前日、医者及び母親から退院日当日からの登校許可が得られたため、担任の先生に電話連絡をしたところその場は何もありませんでしたが、後日、この電話の後、父親に電話して「退院日当日は休んでほしいと伝えてくれ」と連絡を入れていたことが判明したという事象がございました。
本来、たとえ高校生とはいえ、本人に直接伝えるべき内容を親から伝えてもらおうとしたというのはいかがなものかと思いますし、私としても非常に嫌な出来事として記憶に残っております。
しかしながら、担任の先生としても入院中だしやたら電話をかけるわけにもいかないとか言いにくかったとか親から言ってもらえば何とかなるだっろうと思ったとかいろいろ事情はあったんじゃなかろうかと思います。また、私としても「何かあったら遠慮なく電話してほしい」と伝えておくべきだったんじゃないかと思います。
また、この事象からどんなに言いにくいことであったとしてもい定直接伝えるべきことは誠意を以て直接伝えなければならないと思いました。たしかに、言いにくいことを伝えるなんて簡単なことではありませんが、トータルで見れば自分にとっても相手にとっても必要以上に嫌な思いをすることはないんじゃないかと私としては思っております。
長くしゃべってまいりましたが、この経験から今後の人生に活かせるものがあればなと思います。
また繰り返しになりますが、何度も無理難題を言ったにもかかわらず、誠意を以てご対応いただき、誠にありがとうございました。
では、後ほど、今日撮影したE129系電車の写真を貼っておきます。

幽霊?

さて、昨日ツイートしましたが、昨日の夜勤の際、倉庫内を点検しようとした際に周囲内情もなく、誰もいないのに自転車が倒れるような音がしたり、シャッターが揺れたり、当該事象の跡より不調連発だったり、さらには帰宅後も塩入れを落として塩をぶちまけた挙句容器まで破損させる事案が発生しました。 

正直言って気味悪いというのが本音ですが、、、 

母親から言わせると幽霊というのは幽霊の気持ちがわかる人の前にしか現れないそうで私としては幽霊の気持ちなんてわかりたくもねぇというのがはっきり言わせてもらうというのが本音だけにいったいなんなんだろうとと思っているところでございます。 


さて、話変わりますが、昨日は奥新川変電所を訪問してから1か月でした。よく思い出せば、ネット上で奥新川変電所は心霊スポットだとか何とか言われてたりもしますし、昔のオープン式の変電所ですので、少なからず感電事故や短絡事故、地絡事故などの事故もあったんではなかろうかと思います。中には死亡事故など非常に悲惨な事故もあったんではなかろうかと思います。 
また、私が奥新川変電所を訪問した時は犬をクマと勘違いするという事案もありましたし、私自身、電気系の技術者として事故無く仕事できるようにと心の中で思いながらここはどういう変電所だったのだろうかとかそういうことも考えながら変電所跡を見ていたところでした。 
今回の件も、奥新川でのクマと勘違いした件も笑いごとで済むと言えば済まなくもないことだとは思いますが、こういうことが積み重なりやがて大きな事故が発生すると取り返しのつかないことになります。
奥新川変電所に限らず、変電所などでの感電事故や地絡事故などの電気事故は現在でも起きていますし、その中には非常に悲惨な事故も多くあろうかと思います。 
今回の事象は幽霊なのか何なのかわかりませんが、電気系の技術者として働き始めた私に対してそういった事故を起こすなよということで警鐘を鳴らされているのではないかと受け取っておこうかと思います。 


つたない文章となりましたが、指差呼称などの基本動作をより一層徹底し、明日から常に安全安心を最優先し、事故の無いように仕事をしていきたいと思います。 

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