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明治維新以後
天皇を中心の政治ということで
天皇の前での御前会議が行われていた。
が、政治の発言はいっさいせず、彼らの意見を聞くのみの天皇
天皇の発言は
「戦争を避けられないのか?」
はじめて天皇が一般国民に影響を及ぼす発言をしたのは
国民が最後まで戦うというのをとめさせたことで
「しのびがたきを忍び、耐えがたきを耐え・・」
という戦争をやめて、生き残っている国民の命を生きながらえさして
日本の国を立て直してほしいというものだけだったのである。
日本国民が戦争が終わって真っ先に喜んだのではなく
この言葉によって大勢が敗戦の悔し涙を!
天皇あっての国民、国民あっての天皇
国民と天皇は一体であった日本。
戦前の日本人は妄信的に天皇をみていたわけではなく
天皇のために命をかけていたわけでもなく
天皇と言う言葉の裏に日本という国家を見ていたに過ぎない。
「天皇のために」の言葉の裏側には、
日本という国のために命をかけようというものであった。
特攻隊を志願した者も当事は天皇だとて人間だという考えで尊敬をしていたわけでもなく
それでも命をかけようとしたのは国のためだと発言をしています。
天皇は日本の国の誇れる一つなのである。
天皇をなくすことは日本の国をなくすことに等しく、
天皇がなくなれば国民の命もなくすのと同じこと、
この意味を理解できるや否や?
もう一つ肝心なことを忘れていました、
「教育勅語」は天皇が国民に出された言葉で
「皆と一緒にこうしましょうよ」と仰せられて出された言葉が教育勅語でした。
国があって家庭があって個があるという考え
いまは個が大事、あとはナシ、まったく逆の考えを教えている。
いくら自分だけ金をもっていても他国が攻めてきた時、金など何の役にも立たない
国家がなくて、なんで個があるのか、宇宙人にでもなればいいかもしれないが
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歴史をふかーく調べてみました。そしたらこんな事実を発見しました、坂本竜馬が暗殺される直前に親友の中岡慎太郎と大激論をやっていました。新生日本という問題でこんな発言をしています、坂本「新生日本に天皇は要らぬ、天皇はその座から降りてもらう」仰天した中岡は顔色を変えて「坂本狂ったか?新生日本に天皇がおらんで誰が民衆をまとめるんじゃ」坂本は慌てず「天皇は必ず権力者に利用される、おぬし、百姓町人職人の字も読めない民が天皇の存在をしっちょると思うか?誰も知らんぜよ」。150年前の坂本は見事にその後の日本の歴史を見抜いていたことになります、明治になるまで天皇家の存在を知っていたのは侍と公家社会だけでした。大多数のまだ国民という名前すらなかった民は「天皇?知らん誰じゃそれ」というわけで神話は戦後に作られたことがバレてしまいました。
2007/7/23(月) 午前 10:56
歴史を深く調べたという言葉は使わないほうがいいですよ。まずその話は嘘でしょう、その話に対しての反論する歴史の資料はいくつもあります。あまりにも知らなさ過ぎるlamerさんの話です。反論する気にもなりません。過去にその類の話を否定できる記事を書いています。探すヒマがないので過去をさぐって探し出してください、またはもう少しご自分で勉強してください。
2007/7/23(月) 午後 3:34
年寄りの想いでとして、現人神の存在は、山川などあらゆる自然のなかに、おわしたものでした。
現代のイメージ的世界とは違いました。
人間としての天皇の言葉はありません。従って人間天皇の責任はありません。
神の言葉として、それを利用した権力者の責任が確定的です。
2007/7/23(月) 午後 3:46 [ - ]
本気ですか?
裕仁は「薄汚れた背広スーツ一着」「履き疲れたクツ一足」用意し
「あっそー」
しか言葉を発せず、
まだ若い年代で『老人のよぅに背中を丸めて見せて』
国内を歩き回る「案」を出したのです。
つまり『国内外軍需産業筆頭株主の地位」につく裕仁の演出!
アメリカ国務長官事実上の実権者スティムソンや
マッカーサーへは
だらだらと「命乞い」の書簡を書き「外務省にはお願い行脚させ」て!
▼大正天皇は幼児期から「子供をつくる機能はなかった」のですよ!.
2013/8/18(日) 午後 2:57