誇りある日本

歴史の忘却は民族の衰退になる

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めんどうだが

いちいち取り上げてみるのもめんどうだから知らん顔しておこうと思ったが、少し時間ができたので、取り上げてみた。私も本格的に資料を出してまで調べるまではしていないが、これは捏造であろうとおもわれる。

今更の様に南京事件を俎上に載せようと思ったのは、詳細な資料が入手
出来たからに他ならない。過労による入院で、その資料を検討する時間にも
偶然恵まれた事も理由の一つでもある。

 過労で入院してよく資料の検証ができるものだ、私など入院しなくても
書く気もおこらないほど疲れていたのに・・



まず、入手した資料の一覧を最初に挙げておく。

関東軍関係の資料

 第6、9,13,104、師団の詳報
 歩7,9,19,20,33〜38、41〜150連隊日誌
 国崎支隊戦時詳報

公文書

 陸軍省大日誌
 歩兵学校(対支那軍戦闘法の研究」永見大佐執筆 S8、1
 交戦法規適用に関する件 S12,8
 第10軍作戦指導に関する参考資料1〜3

上記の資料の他に、各部隊の日誌、詳報、部隊史や個人的な参戦者の日誌

外国の刊行書籍

 Allison Jhon M. Ambassador from the Prairie
Brook Timothy. Documents on the Rape of Nanking

等を中心に20冊ほど。

東京裁判記録から、松井石根答弁書 田中隆吉答弁書などを中心に500ページほど。

 どれも南京大虐殺をしたという資料にはならない,
外国のものなど元をたどればシナ人の噂話、ホラ話である。
部隊、連隊などの日誌に虐殺をしたなど書くバカはいない!
個人的な日誌にしても戦争中にいちいち殺人をしたなど書くか!



現在、一般市民が閲覧可能な資料の合計100冊ほどを研究した結果、下記の
様に結論する。

 過労中によく100冊も研究できたものだと感服、
 そこまで読めば述べていることがおかしいと気がつきそうなものだが・・



南京事件は、否定できない事実である。その被害者数は、最低限に見積もって
30000人から40000人に及ぶ、最大に捉えた場合、6万人を超える
場合も否定できない。

 日本の戦死、負傷者だけでも約3万人あるからね、上海からも含めると7万余人



何故、南京虐殺は起こったのか?
日中戦争を始める際に、その殆どの作戦行動が、本国の事後承諾となり、
物資不足による日本軍兵士の意識的な乱れ、統制力の低下による、一般兵士の
暴走と、捕虜処遇に関しての軍本部からの命令書の曲解が招いた悲劇である。

 若干の不心得者がでたことはあるが日本軍はさらに厳しい取り締まりを
 戦闘中にいちいち本国へ作戦行動など承諾していてできるか!
 そのための軍司令官・松井石根大将がいた



犠牲者の殆どは、正規軍の捕虜で、これは軍の正式な命令書に
「捕虜の処遇に関して、これを取らない。」とあり、正式な命令として
武装解除した捕虜であっても、処分している。

 中国兵はすぐ便衣に着替える!
 正規軍の兵であったが捕らえたときは便衣兵であったから
 捕虜として扱われないのは当然の処置



これには、外国人記者や一般市民だけに留まらず、部隊日誌や、従軍した日本人記者、兵士の日記や日誌に書かれており、否定できない。
松井司令官の日誌にも、この件の詳細にわたる記載が存在し、彼が東京裁判に
於いて有罪となった証拠として、この日誌が採用されている。
彼は、当初、南京に於いて、兵士の暴走や略奪、暴行行為などについて、何ら
報告は受けていないと答弁したが、当時、記載された日誌(自書)の中に
「余は、皇軍の名を貶めた、この暴虐な兵士による行動に対して、涙を流して
怒った。」
と記載され、南京入城の時に既に、起こっていた虐殺行為を知りながら、その後の彼の行動は、一枚の通達を出したに過ぎない。不作為に対する罪を取られた形であった。

 蒋介石軍の民間への暴虐に対してですね



更衣兵狩りも乱暴を極め、一般市民と更衣兵の見分けがつかない事もあって、
18歳〜40歳くらいの健康な男子について、更衣兵でないと証明できる者には良民の切手を発行すると偽って、出頭させ、出頭した全員を処刑している。

 投降すると見せかけていきなり襲ってくる便衣兵のことですね



また、南京入城以降、中国国民党軍の武装放棄による降伏を受けて、1万〜2万人の捕虜を得たが、その殆どを処刑している。これは上記にある捕虜を取らないと言う本部命令が曲解された結果である。

 12月9日に飛行機により投降勧告文を撤布したが中国軍は姿を見せず
 その後市民に対する略奪、暴行、放火、


 
その処刑に関して、軍は内密に行なったのではなく、一般市民や外国人が注視で来うる場所で堂々と行なっている。

 ほとんど逃げたのだが、軍服を脱いだ敗残兵や便衣兵が激しく抵抗、反撃

 (正規捕虜の数は4千人)




南京虐殺が無かった、或いは陰謀であると主張する新自由主義史観の方々に
見受けられるのは、この事実を都合よく曲解して一般市民に対する暴行や略奪
強姦、放火などは、戦闘に於いて許容で来うる範疇にあると言う事に他ならない。

しかし、戦時捕虜に関する国際法に抵触する捕虜の処刑から始まり、更衣兵狩りの乱暴さは、批判されても反論出来まい。

 テロが処刑されても非難されるものではない



また、南京陥落後に市内に居住する外国人は22名に及び、彼らが本国に送った手紙や報告によると、略奪行為、放火、殺人など、数千件に及んでいる事実。

 中国国民軍によるもの



また、この居留外国人から、外務省を通す形での抗議や申し入れも文書として
諸外国に残っており、それを詳細に検討すると、この暴走した日本軍兵士による暴行等の被害者は、少なく見積もっても1万人以上となる。

 中国人の噂話を伝えたまでで直接見たものではない



日本軍が、松井石根司令官を入城させた折の南京市内に於ける建造物の被害は
概ね35%でその内消失したものが半数であったが、日本軍占領後から数週間後に至って、消失した建造物は60%にも達している。

 便衣兵が市中に潜伏し、隙をみて攻撃



これは、陵辱行為を行なった兵士が証拠隠滅の為に、安易に放火している事実があり、この一般兵士の暴走は、数ヶ月後まで続く事になる。

 蒋介石の命令で放火、 



この様に、資料を詳細に研究すると、南京虐殺は否定できない事実であると結論しても決して間違いではない。寧ろ、否定する事は歴史に対する冒涜であると言える。

 誰も虐殺をみていない!



犠牲者数に中国側の主張と日本側の主張に隔たりがあるのは、その確定が不可能であるからに他ならない。今後100年、この研究を続けても、何ら結論は出ないだろうと思うのである。

 やってないから証拠が出るはずがない



東京裁判に於いて、歴史に登場する南京事件と言う主張は、全く嘘であり、昭和12年から13年にかけて、既に外務省も陸軍省に於いても、その事実を知っており、その為に多種の文書、命令書を送付している。
 
 12年からの盧溝橋事件からの経緯経過を知ってるのは当たり前
 なにをいわんとしてるのか??



兵士の暴走した行為がなければ、その様な通達や、松井大将の日誌に、この事実が書かれるはずはない。

 兵士の暴走?若干あったが暴走などと大げさなものではない



この松井を告発する形で田中中将の証言もあり、参加兵士の記憶や日記などから判断しても、南京で虐殺行為が横行した事は否定できないのである。

 南京は鎌倉と同じくらいの広さでそこに数万人の死体が毎日あれば
 誰かが目にするはず、だれもみた者がいない!

つまり、Rape of Nannking映画化などに反対するテーゼとして我が国の勇知識者の一部が、この事実は作られた事実であると言う広告や運動を行なう事は、歴史的な事実に関する限り暴論の類であると言える。

もっと詳細に書きたいのだが、病室で長時間PCに向うと看護士ににらまれるので、この辺りで筆を置くが、質問や疑問のある方は、コメント欄に残していただければ、膨大な資料の中なら、お答えしたいと考えている。

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全ての反論が、何ら資料に基づいていないと言う低俗な感情論的な非難でしかない。
また、この問題を、研究し始めたのは、入院してからではない、あくまでじっくりと考えられる時間が与えられたと言うだけ。
更に、更衣兵と正規軍捕虜を同義としている、矛盾に本人自体気がついていないと言う考えのなさ。
これでは反論にもならない、そのまま暴論の類。
全てを無視するべきだろうが、この様な馬鹿な論でも信じる日本人がいる事に問題があるので、否定しておく。

2007/8/27(月) 午前 1:17 公平論001

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シナ人の根拠もない提出された資料を後生大事にして南京事件を扱うよりよほど公正な資料をもとにしたのを記憶しての反論です。
低俗な感情論で片付けてしまうようでは、これ以上の反論を書いても無駄でしょう。最後のこのような馬鹿な論でも信じる云々をそのままお返しします。日本人である日本軍を目にしたこともないあなたに真実は見えないでしょう。南京進攻した兵隊達の前であなたの論をそのまま述べていただきたいものです。現実を知っている本人達を目の前にして無罪を有罪にする無理な話を通そうとするに似たものになること請け合いです。

2007/8/27(月) 午前 4:52 sakurazake

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xxさん、ほんとうにそうだなとあらためて思います。
良い環境で頑張っていられるなんて良い御身分だこと(ーー;)
在日かという疑いもわきますね。

2007/8/27(月) 午前 5:17 sakurazake

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最初に断っておくが、小生が南京事件そのものに興味を覚えたのは、亡父が、この作戦に支援戦闘機のパイロットとして参加しているからに他なりません。父の残した日記や日誌がそのまま保管されており、この文書から興味を持ち、研究を続けました。その結果が、ブログの内容に収斂されたと言うことです。虐殺を見た兵士なしと言うのも作られた虚偽、現実に、各師団の日誌、詳報などにも、虐殺と思われる記述が残されており、死体のほとんど、突堤から流されたと言う記述さえ存在します。この死体が腐敗して、この処理に苦労したと言う内容の記述さえ存在しているのですよ。中国が提出した資料など、検討しての結果ではなく。あくまで日本国内に現存する資料からの結論です。まったく理解できていないのは、君たちですよ。反省すべきでしょう。

2007/8/27(月) 午前 9:36 公平論001

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残虐の資料を持っている私の知人もいますが、それが中国での揃えた捏造写真のようにあなたの亡父の日記もそういった類のものとも受け取れます。
また支援戦闘機のパイロットであればなおさら信用性にかけます。
歩兵などであれば見たという証言も信憑性もありますが、伝聞を書いたのでは?と疑いも出ますよ。
また各師団の日誌等は戦後すぐに焼き払われたりして処分されています。
また残虐というがどういう内容かです。
またあなたが日本を悪く批評するために一生懸命している目的はなんのためですか。
まずは資料があるではなくその資料を掲載した上でないと判断できませんね。

2007/8/27(月) 午前 10:09 sakurazake

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たとえそれが本当のことだとしても
日本軍の不名誉なことを出す目的は何であるのかを
私は真っ先に問いたい。
国益に反することを承知でしているのか?

2007/8/27(月) 午前 10:13 sakurazake

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戦闘パイロットは地上軍と一線を画しておりほとんど交流なし
そのような噂を知りえる機会は現地ではほとんどないはず
あまりにも飛躍しすぎた感である。

2007/8/27(月) 午前 10:30 sakurazake

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資料に関しては、代表的なものをブログで公表しております。十分に君たちでも調べられる範疇にあると思います。また、父の日誌には南京市内の状況など書かれておりません。虐殺行為を書いているなどと一度たりとも書いておりません。父に日誌の中で支援戦闘機で南京城郊外の集落に対して、一般市民無差別に機銃照射を与えて、逃げ惑う人々がばたばたと倒れていくのが爽快であったと言う一文があるくらいです。自分の想像で反論しないようにしてください。亡父に対して無礼です。

2007/8/28(火) 午前 9:37 公平論001

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ほう、もしそうであれば日本軍兵士としてあるまじき行為をした亡父ですね。一般人として承知でしたのなら軍法会議で処刑されるべき犯罪者です。亡父に無礼といえる立場ですかと逆に問いたい。

2007/8/28(火) 午前 10:28 sakurazake

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その亡父の日記を資料としてもみたいのでまず公開してください。
そして南京に関係する資料も公開してください、探さなくても良いようにそのアドレスもすべて教えてください。
資料だと述べているだけで公平氏が見たかどうかも証明できない!

2007/8/28(火) 午後 4:06 sakurazake


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