|
イブァン3世
1480年ロシアがハン国の支配から脱却し
ロシアの国を統一はしたが
モンゴル支配によって受けた思考など
から脱却するのに1世紀を要したという。
(日本がアメリカの占領政策によって受けている
思考や行動の自由から脱却するためには
独立しても1世紀以上はかかるということに^_^;)
イブァン4世
東欧国最強国の地位に
カザン・ハン国とアストラ・ハン国を征服
シベリア、カスピ海へのルートを開く
イブァン家の血統が絶えるや政情が混乱
ステンカ=ラージンの乱などを経て
1613年
ロマノフ王朝が開かれて混乱は収拾
1689年
清国と国境を画定し通商を拡大
17世紀末にピョートル1世が身分を隠して
蘭・英に遊学し技術を学び、自国を西欧化し近代化して
黒海艦隊・バルチック艦隊を創設し、コサック騎兵隊で周辺を侵略
1706年
カムチャッカ半島の探検
ベーリング海峡、アラスカの発見
アラスカはロシアの植民地であったが
維持経費が負担になり
1867年にアメリカに売却
1721年
ロシアは東欧の最強国として国際政治に登場
1727年
ペテルブルクに首都を建設
1792年
ロシアの使節が根室に来航し通商を求める
1804年
日本はロシアとの通商を拒否
1806〜7年
ロシア艦隊が樺太や択捉を攻撃、日本の択捉守備兵は敗走
1807年
間宮林蔵が樺太を探査
1813年
ロシアは蝦夷地襲撃は政府命令でなく軍人がかってにした!
という文書を日本に提出してきたので監禁していたロシア艦長を釈放
日本側に捕らえられた報復として日本の商人がロシアに捕らえられていたが
これも釈放され事件は解決!
1854年
日露和親条約締結
アロー戦争(1856~1860)
で仲介を果たしたロシアは
見返りにウスリー江以東の沿海州を割譲させ
ウラジオストックを手に入れた
日清戦争(1894~1895)後に
清国から望むままの報酬を与えるということで
遼東半島を手に入れるチャンスとばかりに
日本に武力威圧の三国干渉(1895)をする
ロシアは朝鮮への内政干渉は強さを増して・・・
日露通好条約(1855)
国後、択捉、歯舞、色丹は日本の領土とする
樺太は日露混在の地
1861年
対馬がロシア艦隊に占領
1875年
日露の樺太の領有問題で
日本は樺太をロシアに譲り、千島全島を日本領とする
樺太・千島交換条約(1875)
日本は樺太を放棄して
千島列島を露から譲り受ける
ポーツマス条約(1905)
南樺太を日本領にする
日ソ中立条約(1941)
ヤルタ協定(1945)
対日参戦の見返りとして
南樺太、千島列島をソ連領にすると密約
その後の情勢が変化してヤ協定での密約が
破約しそうになったソ連は終戦後のどさくさにおいて
南樺太と千島列島をソ連が強奪
北海道の北部をソ連が占領する要求まで出したが
米国に拒否される。
サンフランシスコ条約(1951)
国後、択捉、歯舞、色丹を含まない千島列島を日本は放棄
ソ連の日本侵攻の理由は
「日露戦争の復讐!」
ロシアが負けたからといって戦後の保証金もなく
南樺太と他国から奪い取った満州領土内の満鉄の権益を
譲り受けただけで復讐するほどの大きな損害はないはず
|