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マギー牧師は見ていない!
1、「中央宣伝部国際宣伝処工作概要」
蒋介石政府の宣伝工作の記録として
1941年に書かれたもので
ここには南京の市民虐殺、捕虜虐殺の発表はなかった!
2、南京大虐殺の証拠として使われた写真は
すべて捏造インチキであると立証
3、殺されたのはゲリラや便衣兵で民間人は0に近い
東京裁判で見たと証言したマギー牧師
実際に見たのは1人と証言ではあったが
彼の日記には
「The actual killing we didn't place」
実際の殺人が起きたとき見ていなかった^_^;
と書かれていた。(偽証したということではないか)
南京で死体が転がっているのを見て
ドイツ人がみて日本に訴えると1件
同じ死体を見たアメリカ人が訴えると1件
あわせて2件となる。
「市民重大被害報告」26件
欧米人は日本軍による殺人の情報を積極的に集めたが
「誰が見たのか」という情報はなし^_^;
ひとつだけあったが合法的な処刑の記録ということで
不法殺害ではないとなる
南京陥落後
シナ軍には降伏命令ではなく
撤退命令がでているだけの残ったシナ兵は
1、投降したものの手榴弾を投げてくる
2、撤退するため猛攻撃してくる
3、先に逃げながら輸送隊を襲う
大混乱
京都十六師団はシナ兵の投降で
陥落直前の午前1時から午後6時まで猛烈な死闘を
上海上陸以来最大の死傷者を出す部隊が出たほど
とうとう京都十六師団は
「各隊は師団の指示あるまで捕虜を受付くるを許さず」
と捕虜を受け付けるな!と命令するまでに至った。
捕虜を殺せの命令でなく扱いはそのときそのときの
状況に応じて対応にである。
輸送隊は自己防衛の武器はないが旅団や師団に渡すための
武器や食料を満載しているので敵からからみれば好餌の襲撃対象
この白兵戦で捕らえたシナ兵は射殺に!
逃せばまた襲われる^_^;または手榴弾を見舞われる
当事の状況
投降し捕虜になったシナ兵
幕府山から1万5千人の投降者
このなかに女子供までいる、非戦闘員の7千人を逃がし
残り8千人のうち4千人は火事を起こして脱走
残った4千人のうち2千人は審査のうえ処刑
周辺のシナ軍から攻撃を受けて戦傷者もでるという緊迫
状況でもあり捕虜の処置に困り
残りの2千人の捕虜は南岸から船で送り届けることに
ところが北岸にいたシナ兵が日本軍の攻撃とカン違いして
攻撃、捕虜達は日本軍による処刑と判断し一斉に蜂起、
日本軍も鎮圧のため機関銃を撃つが
闇夜で当たったのかどうか?捕虜は相当数逃げ
日本兵はこれで死者がまた出てしまった。
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