誇りある日本

歴史の忘却は民族の衰退になる

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葬儀まで崩壊

我が家では、亡父母の葬儀のときにもらった香典等の金額を
 現相場に勘案して香典額を決めるのだが、
 
 香典を出すこちら側にも不幸があれば、相手の家からも香典のお返しというか
 当方の葬儀のときに、相手からも香典で助けてくれるからと、
 万札を出そうとも助け合いだからとして出費する。

 しかし近頃は、家の跡を継ぐといったことがなくなってきたために
 親が亡くなっても、名前は継いでも家を継ぐ者がいないことが多くなり、
 跡継ぎはどこに住んでいるの?といった按配である。
 こちらに不幸があったときには、我が家で出した香典はどうなるの?
 出したからといっても香典の助けは、まずないだろう。

葬式というものも家族制があってこその葬儀のようである。
 知人が亡くなれば、それで付き合いは終わりとなれば、
 わざわざ香典を持参して葬儀に参列するだろうか。
 弔電くらいで、終えたほうが安上がり!と誰しも考えるだろうなあ。

昨日の東京の知人の葬儀において
 弔電は、いっぱいあったが参列者が少ない。
 我が家は高速バス、四国の人は飛行機で葬儀に参列したが
 我々は、単に知人であるというだけの関係だ。
 それが上位のほうに座るとは。 
 親類はどうして来ないの?弔電だけで終わりなの?

 昨日の葬儀を経験して、
 高齢になると葬儀に参列するものがいなくなるのかな? から考えが始まって
 むかしは家というものがあったから、高齢であってもこんなに寂しくはないはず。
 そうなると、わざわざめんどくさい葬式に出席するのは・・・
 家にしっかりした跡継ぎがあるから、義理でも葬儀に参列していたが、
 家が続く限り「香典」は、活き続けるものだが、
 それが今日は、家の跡継ぎがないとなれば、「だした香典は一回で消滅するのみ!」
 香典を出すのがバカバカしい。参列者も少なく香典も入らない葬儀となれば
 遺族側にしてみれば金のかかる葬儀をやめようといったことも起きる訳だ。

家族制度崩壊が、こんなところにも影響していたのかと、いまさらながら気がついた。


まあ、今回は義理というよりも、別れの挨拶として葬儀に参列したから
香典がどうのこうのといった気持ちにはならないが、
よく知りもしない相手の葬儀であったなら、吹雪の中を出て東京まで行かないだろう。

長野より四国のほうが東京への到達時間が早い!^_^;
 

閉じる コメント(2)

葬式は家の主の交代式のようにおもいます。
ですから、いままでなら近所、親類縁者への顔お通し
になると思うのですが
核家族で近所、親戚づきあいすら不要となってしまった
現代では、葬式は無用のもになりつつあるのではないでしょうか?

2010/3/13(土) 午後 6:22 uzu

うずさん、ありがとう。
「家の主の交代式」
その言葉一つで事が足りたのに。
私のバカみたいに長い文は、それが言いたかっただけなの。

2010/3/13(土) 午後 7:48 sakurazake


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