誇りある日本

歴史の忘却は民族の衰退になる

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閉鎖

いつのまにか掲載記事もふえて
「消えてゆく日本」という名称も
今ではふさわしくないと感じますので
ここは平成22年桜の季節で閉鎖させていただきます。
いままでの訪問ありがとうございました。
 
引越し先が決まりましたら、また知らせますね。
 
 
 
 

年金

公務員等
 大正12年                               昭和61年4月
  国家公務員及び地方公務員共済組合(恩給・退職年金)→ 退職共済年金 + 老齢基礎年金
  
民間被用者
 船員
  昭和15年6月               昭和61年4月
   船員保険(養老年金→老齢年金)→  厚生年金保険に統合
 私立学校教職員
  昭和19年10月           昭和61年4月
   私立学校教職員共済組合 →  退職共済年金 + 老齢基礎年金 
 男子労働者
  昭和17年6月                  昭和61年4月
   厚生年金保険(養老年金→老齢年金)→  退職共済年金 + 老齢基礎年金  
 女子・一般職員
  昭和19年10月
   厚生年金保険(養老年金→老齢年金)→  退職共済年金 + 老齢基礎年金 
 
自営業者等
  昭和36年4月       昭和61年4月
   国民年金(老齢年金)→ 老齢基礎年金 
 昭和34年11月
   国民年金(老齢福祉年金)
  
  

未来のために

戦前は暗いイメージのようであるが、
 敗戦色濃くなった2年くらいは暗かったが
 戦時中でも希望と誇りと自由を謳歌の明るい社会だったと聞く。
戦後は
現実を見ない夢ばかり
誇りをなくし
自由を謳歌したものの、国はかごの鳥で自由はなし。
 
 
昔の日本は
 戦いの最中に安物の刀では切れなくなったり、折れてしまうこともある。
だから
「身を守るためには、己の命を守るためにも良い刀を持つことだ。」
ところが戦後は
日本人を無抵抗にさせるために
「平和は武器を持たないことだ。」
 という現実にそぐわない洗脳教育を施されたために
無防備のまま死ぬことによる平和を望むようになった。
 
戦後の日本の安全は米国の傘(核)によるものということも脱落してしまった民主党の輩・・・
政治まで国を他国に売り渡すようなことをしようとしている有様をみていて、しばし元気をなくしたが
 
過去から未来への引渡しに今を生きる大人として、
若者のために
 地に付いた精神と希望と誇りをもって
 若者らしく元気に生きられる国にしておきたいなあ。
 

家相「家族の定位置」

家族といえども小集団。
ある程度の秩序を守るため、家族が決められた場所を使うようにすれば健全な生活が営まれるが
家族の座る場所として(家の中心から見て)
 
 一家を統制する主権の座は「北西」
 妻の場所は「南西」
 長男の場所は「東」
 次男の場所は「南」
 三男以下の場所は「東北」
 長女の場所は「東南」
 次女の場所は「南」
 三女以下の場所は「西」
 *各々生まれた方位
 
 北西の父親の部屋を子供が使えば子供が主導権を握ることになり
 親のいうことなど聞かない子供となり、果ては家庭内暴力にまで発展しかねない。
 
 社会に於いても、親より子供を優先しているが、秩序のないやりかたは国の健全化とはならないだろう。
 夫婦別姓にすれば、妻は北西と南西の2つの場所を持てるが、夫は北西に居場所を確保できなければ
 主権の座から転落。果たして健全な生活が営まれるといえるのであろうか。
 
家相だけのことではなく、社会においても家相と同じに
男の定位置、女の定位置、子供の定位置があるはず、これを犯していては
社会は乱れるばかり、国の崩壊にも繋がる。
 
人は生きている限り、自然のエネルギーを得ることにより精神面も運不運も影響を受ける。
アスファルトで覆われた土地やコンクリートに囲まれた部屋では、自然からのエネルギーは届かない。
精神不安定になり、運も悪くなる。
日本人の精神の異常さは、こうした生活環境の変化も影響しているのではないだろうか。
 
ところで、不動産物件をたくさん見比べていて気がついたのだけれど、
マンションって一戸建てより安いというのは、昔のことで、いまは高いものとなっているのではないか。
あの管理費の存在が曲者で、仕事に便利だからの理由で短期に使うのならいいけれど、
家族の住まいとするには、アホらしい物件だ。
 

葬儀まで崩壊

我が家では、亡父母の葬儀のときにもらった香典等の金額を
 現相場に勘案して香典額を決めるのだが、
 
 香典を出すこちら側にも不幸があれば、相手の家からも香典のお返しというか
 当方の葬儀のときに、相手からも香典で助けてくれるからと、
 万札を出そうとも助け合いだからとして出費する。

 しかし近頃は、家の跡を継ぐといったことがなくなってきたために
 親が亡くなっても、名前は継いでも家を継ぐ者がいないことが多くなり、
 跡継ぎはどこに住んでいるの?といった按配である。
 こちらに不幸があったときには、我が家で出した香典はどうなるの?
 出したからといっても香典の助けは、まずないだろう。

葬式というものも家族制があってこその葬儀のようである。
 知人が亡くなれば、それで付き合いは終わりとなれば、
 わざわざ香典を持参して葬儀に参列するだろうか。
 弔電くらいで、終えたほうが安上がり!と誰しも考えるだろうなあ。

昨日の東京の知人の葬儀において
 弔電は、いっぱいあったが参列者が少ない。
 我が家は高速バス、四国の人は飛行機で葬儀に参列したが
 我々は、単に知人であるというだけの関係だ。
 それが上位のほうに座るとは。 
 親類はどうして来ないの?弔電だけで終わりなの?

 昨日の葬儀を経験して、
 高齢になると葬儀に参列するものがいなくなるのかな? から考えが始まって
 むかしは家というものがあったから、高齢であってもこんなに寂しくはないはず。
 そうなると、わざわざめんどくさい葬式に出席するのは・・・
 家にしっかりした跡継ぎがあるから、義理でも葬儀に参列していたが、
 家が続く限り「香典」は、活き続けるものだが、
 それが今日は、家の跡継ぎがないとなれば、「だした香典は一回で消滅するのみ!」
 香典を出すのがバカバカしい。参列者も少なく香典も入らない葬儀となれば
 遺族側にしてみれば金のかかる葬儀をやめようといったことも起きる訳だ。

家族制度崩壊が、こんなところにも影響していたのかと、いまさらながら気がついた。


まあ、今回は義理というよりも、別れの挨拶として葬儀に参列したから
香典がどうのこうのといった気持ちにはならないが、
よく知りもしない相手の葬儀であったなら、吹雪の中を出て東京まで行かないだろう。

長野より四国のほうが東京への到達時間が早い!^_^;
 

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