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2008年1月31日 | 2008年2月2日
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私の車は 塩カルで車が真っ白になってしまったので 今日は洗車して洗い流したら かえって車の汚れがめだってしまったぁ もういちど洗車のし直しをするのも あのまま塩カル漬けにしておいたほうが良かったかなと ついでに半年目のオイル交換をして フィルターも取り換えてなどなどしていたら あっというまに数万円、これに税金の支払いが10万余 洗車をするだけのつもりだったのに・・・(~_~;) 出かけるたびに予定外の出費がかさむ そうおもいながらも毎日外出をしているなあ アー!今月は私の誕生月だ、免許の書き換えがあるが あーあ、講習があるだろうなあ、憂鬱だ(-_-;)
松井大将といえば南京攻略戦の大将だが この松井大将は大の中国好きな人物で 蒋介石が日本に留学していたとき 親に身の回りの世話や相談相手をしていた 「日本なくしては中国なし 中国なくしては日本なし!」 という日中和平の運動家の仲間だった。 毛沢東は蒋介石の国民党には勝てないので 日本軍と戦わせて国民党軍を弱らせる作戦に出て 蒋介石は共産党に捕まって脅されて 国民党軍と日本軍とが戦うことを承諾してしまった。 そして蒋介石はその後日本を裏切り 日本は毛沢東の謀略にはまり国民党軍との戦いに 引きずり込まれてとうとう日本は首都南京戦にまで突入 松井大将はかっての仲間と戦うことになって このときどのような気持ちであっただろう・・・・
さーて日本軍の南京攻略のうちの ヒェー!というような話をひとつ^_^; 南京城にある19の城門のうちの中華門では 城壁の上から銃眼が並び日本軍に狙いをすませている 城門の外には川が流れていて橋をつくり渡ろうとしても 攻撃されてことごとく破壊 城壁は大砲で攻撃しても穴も崩れもしない頑丈! そうしたときに小船が上流から流れてきて 12月の寒流なのに裸で飛び込み手に入れて 川幅30メートルの川をその小船で渡る作戦が立てられ 旗竿を櫂の代わりにして2名が立ったままで漕ぐ もちろん機関銃の猛射を受けて水面は激しく叩かれ そのなかをなんと6名全員が無事に渡りきった! さてここから城壁まで50メートル 城壁をよじ登るための重いはしごを担いで 機関銃掃射のなかを走る、走る 城壁にたどりつくや、はしごを立てかけて2人が登る だがはしごは城壁の上まで届かない あと5メートル 手と足とでレンガの城壁をよじ登り、 とうとう城壁に躍り出た! 先に敵中横断三百里を書いたがあの日本兵の運の強さも すさまじかったが、この城壁をよじ登る兵もすごい! 一番乗りは熊本第六師団の安東軍曹、二番目は中津留伍長
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