誇りある日本

歴史の忘却は民族の衰退になる

日本人の精神

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女の武士道


女性の武士道

精神の強さ

女性の弱さから自らを解き放ち、
もっとも強くて勇敢な男性に
決して劣らない英雄的な不屈の精神を!

武 芸

感情を抑制し、精神を鍛え、武器(薙刀等)を使って
不慮の事態から身を守るよう訓練する。

貞 操

少女は成人に達すると「懐剣」を与えられる。
そして自害の方法を知らないのは恥とされ
亡骸が見苦しくないよう整然とした姿勢を要求された。

教 養

女性には芸事やしとやかな立ち居振る舞いが求められた、
音楽、演じる者の心が平静になることで音の調和を得る、
心を清めることに役立つ舞踊、立ち居振る舞いを美しくする
読書、教養、家庭での楽しみ
詩歌、日本の純文学

☆上記の女性教育の基本はすべて家庭を治めるためのもの。

家事一切はもちろん、子供達の教育、家の防備も
すべて女に託されていたのである。

女性の芸事、武芸、教養は、家庭でこどもを賢明に育てることや
家の防備を行うためにすべて家庭に必要で役立つことばかり。

女性は社会的には価値として認められないが、

(戦場では男に比べて価値が低い)


妻や母としては最高の尊敬と愛情を得ていた。

(家庭では男に比べて価値が高い)

女性は自らをすべて家庭に献身し、常に従属的な奉仕の生涯。

これは家庭の、男の奴隷でもなく、女性自らの意志にもとずくもので

男が主君や国に命をかけて尽くすのと同じで

女性は夫や家庭にかかわるもの全てに命をかけて尽くす。

国を動かす者は表面だっては男である、
しかしその男達を影で動かすのは女である。

家庭が一番の根幹をなすものだからである。

刀(武士の魂)


刀(武士の魂)

サムライの子は5歳になると
「武門の入り」というサムライの仲間入りの儀式をする。

碁盤の上に立たされて本物の刀を差すことが許される儀式である。

これより刀を携えることなく屋敷の外へ出ない。

普段は銀塗りの木刀で代用しているが、
本物の刀を差すようになり15歳で元服し、独り立ちの行動を許される。

刀はいかなるときでも身辺から離さず、
屋敷内では書院か客間の目に付く場所に置き、夜は護身用として枕元に置く。

刀は持ち主のよき友として愛され親しみを込めて
名前をつけられ崇拝の対象となってくる。

それゆえ刀に対する無礼は持ち主に対する無礼にも通じ侮辱とみなされるのだ。

刀鍛冶

このように大事に扱われた刀をつくる刀鍛冶は、
霊感を受けた芸術家であり、仕事場所は聖なる場所であった。

毎日神仏に祈り、身を清めてから仕事にかかる
「その心魂気迫を打って錬鉄錬治した」のである。

日本の刀が鬼気迫るものを感じるのはこのようにして
刀鍛冶の精魂が吹き込まれたものか
神仏の霊気が吹き込まれたものかもしれない。

抜けばたちまち大気中の蒸気を表面に集めるという冷たく光る刀身だ。

これらが常に身近にあるということは乱用の衝動にかられることもある。

ゆえに武士道は適切正当な刀の使い方を重要視する。

必要もないのに刀を振りまわす者は卑怯者とか臆病者といって蔑まれた。

刀を使うべきときと所をわきまえているので実際は稀にしか使う事はなかった。
「最善の勝利は血を流さずに得た勝利である」

切腹


切 腹

魂は腹に宿る なにかを考えたり悩んだりすると胃が働かなくなる。

頭ではなく腹にくる。

心臓は常に働いている。

魂と愛情は腹にあると考えられた。

「私は己の魂が宿るところを開いてその状態をお見せする。
それが汚れているか、潔白であるか、とくと貴方の目で確かめよ」

というように名誉を重んじるサムライにとって単なる自殺ではなく

武士が自らの罪を償い、過ちを詫び、不名誉を免れ、朋友を救い、
己の誠を証明するための方法であった。

法律上の処罰として切腹を命じられたときは荘厳なる儀式をもって執り行われた。

これは冷静な心、沈着な振る舞いを極めた
洗練された自殺で武士にふさわしい死に方である。(中国人にはできない!)

「憂き事のなおこのうえに積もれかし限りある身の力ためさん」

切腹は名誉と崇められはしたが、

あらゆる艱難辛苦に耐え良心をもって正しき道をいくことが武士の真の教えである。

天の命じることを遂行し、そのために招いた死は不名誉ではない!

死を軽蔑することは勇敢な行為、生きることが辛い場合は、
あえて生きることが誠の勇気である。

武士の切腹と自殺とは大きく違うものである。

女性


女性教育
家を治めることが根本としての教育
芸事も武芸も文学も家のため
自らを家のために献身、
従属的な奉仕の生涯

聖職者とは


「武士道」
古来の教育

報酬を嫌う

教師が授けるものは金銭で計れない!

「私を生んだのは親である、私を人たらしめるのは教師である」

教える側は人より優れた人格を持ち学識にも恵まれた者であり、
彼らは通常、厳格さと清貧を誇り、威厳もあり、
人から物をもらうには自尊心が強すぎる人々で神聖な性質を帯びていた。

師は父亡き者には父であり、
迷える者には助言者にと若者からの信頼と尊敬を受ける。

このような精神を魂の育成をする者に対して報酬を支払うことはできない。
金額で価値を計ることはできない。

また教える側も無報酬、無償に価値を見出していた。

ただし季節の折々に支払いではなく感謝の気持ちを表す「献げ物」は許されていた。

通常の生活は、厳格と清貧、働くには威厳がありすぎ、
逆境に屈することのない高邁な精神の厳粛なる化身、
鍛錬につぐ鍛錬によって完成された克己に生きる模範の人々で、
人から物をもらうには自尊心が強すぎる人々であったから、
このささげ物は喜ばれた。

金勘定は卑しいもの、卑賤なものだ!

武士は金銭を忌み嫌う、金儲けや蓄財を賤しむ

「なによりも金銭を惜しんではならない、富は知恵を妨げる」

武士が倹約の徳を説いたのは経済的な理由からではなく節制の訓練からだった。

贅沢は人間を堕落させる最大の敵、生活を簡素化することが武士階級の慣わし。

日本の役人はこのような金銭や貪欲を嫌っていたことで腐敗から遠ざかっていた。

現在はこのような武士道もなくなり金権腐敗政治がはびこってしまっている。
教育者もまたしかり左翼思想がはびこりゆがめた教育をしている、
真の教師不在だなあ

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