誇りある日本

歴史の忘却は民族の衰退になる

桜雑話

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北の十字軍

十字軍の遠征

第1回の十字軍は
 
  1、東方イスラム教徒との戦いでエルサレムの失地回復を
  2、イスラム教徒に占領されたスペインを奪回

 奪われた土地を東方イスラム教徒から奪い返すという
 防衛的な軍団派遣の聖戦
 
 ↑この話は日本でもよく知られていることだが


第2回十字軍は(北の十字軍)


  3、リトアニア人、ラトビア人、エストニア人という
    土着的な多神教を信ずる異教徒達が暮らしていた地域 
 
 これはキリスト教の防衛でもなく失地回復でもない
 昔からスラブ人だけが住んでいた地域への侵略である 

 1208年(リヴォニア年代記より)
 バルト・スラブ人の住むこの地方のあらゆる場所に潜んでいた
 男も女も子供も朝から夜までかけて発見し殺し続け、
 殺し続けたために彼らの手と腕が疲れて動かなくなるまで
 殺戮は続けられた。

 (習わしとして少女たちだけが生き残り連れ去られた)
 全村落が血に染まった翌日戦利品をかきあつめ帰還した。
 (イエス・キリストが新しい異教徒たちに対して行った
  復讐であったという、これが復讐であるならば
  全人類がキリスト教になるまで続くのか?

 
聖ベルナール
 キリストのために殺す!か死ぬ!ことは罪ではなく
 最も名誉あること、殺すのはキリストのためであり
 死ぬことはキリストをうることである。
 キリストは当然のこととしてかつ喜んで敵を罰するために
 彼らの死を受け入れた
 キリストの騎士は恐れることなく殺し、さらに安じて死ぬ。
 キリストのために殺し、キリストのために死ぬのは
 ますます良い
 
 いかなる理由からであれ異教徒と休戦することを
 全面的に休止する、神のご加護によって宗教そのものか
 異教徒が根絶するかするまでは休戦協定を取り交わしてはならない
 すべてのキリスト教徒、大司教、司教の方々には強く
 休戦協定に反対し見張って監視していただきたい
 あなたたちは神にしたがうキリストの僕なのだから

  

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鎖国は開国

江戸時代には
 幕府がすべてを統括する管理貿易をしたが

「海禁政策」
 当事の中国、朝鮮、日本が共通してとった対外的姿勢で
 「海禁」という人の往来を制限しただけで

 貿易は一段と勢威を増して
 アジア各国との国交はずっと開かれていて
 朝鮮や中国よりも
 交易と情報交換を享受する自由があり

 諸外国から閉め出されているという閉塞感を持つ者は
 幕末を除いてほとんどなかったという江戸時代

鎖国という言葉が初めて出てきたのは
 1801年幕末に長崎のオランダ通詞が
  to keep it shut up を
 「鎖国する」という新語を作って訳したことから

 幕府の記録に出てきたのは1850年代からだが
 一般にはなじみもなく使用するものなし!

 実際には
  海外渡航が可能になって
  明治末から大正にかけて言葉が一般にでてきたが

  日本が立ち遅れたという
  「鎖国」は>昭和になってから

 要は
  日本は自国の自信を失ったことで
  自国の歴史をゆがめて劣等感が大きくなった
  ことによるのではないだろうか

江戸時代に

西欧との大きな落差のもとで日本の国がとる形として

幕府が対外管理体制政策として鎖国体制をとったのだろう


鎖国後のほうが貿易が活発になったことからしても

幕府が鎖国したというより

鎖国政策によって世界に向かって開国した(^o^)丿

祖先は神

日本の古事記においては
人と神との区別がない
天皇も臣下も神であり
神である人間を祖先とする

古代の宮廷人すべてが
「現神」現れた神で
天皇は御を加えて「現御神」と記されて区別

現神はアキツミカミと呼ばれ
万葉集においては明津御神

日本は万物すべてが神
 刀も神として名がつけられて
 「天之尾羽張神、伊都之尾羽張神」

日本は神の国というのは・・・・

日の御子

天皇は日の御子
 日本神話における天照大神は
 高天原における君主であり祭儀を司る神

 初期の頃の天皇は代々「日子」を名乗っている

 もしかして卑弥呼って「日の御子」のこと?
・・・・・
と昨日書いたが

戦前には卑弥呼というものなど聞いたことがない
戦後に卑弥呼という言葉がでてきた
卑弥呼ってなんだ?と、よく問われて
「うーん私も学校でならったことしか・・・」
むしろ天照大神のことのほうがよく知らないのだ

それで今朝になってちょいと探ってみたら

 日本の敗戦後に 
 「魏志倭人伝」という日本の内情に関する文献から
 邪馬台国の女王卑弥呼の実在を前提として大和朝廷の
 位置や年代を左右したもので

 魏志倭人伝を書いた人は蜀に生まれ晋王朝に仕えた「陳寿」
 285年三国志を撰述したなかに
 「東夷伝」(東の野蛮な国の言い伝え)があり
 これを魏志倭人伝と呼んでいる

 邪馬台国の工程や卑弥呼など日本の国内事情などは
 通訳を介して日本の官吏から聞いたことを記述したもの
 魏志倭人伝はいくつかの無関係な文書が並べられていて
 「男子はみな顔や身体に刺青している」
 「婦人は中央に穴を開け頭を貫いて着る衣をかぶっている」
 「朱丹をその身体に塗る」とか南方系の民族を彷彿させるもので
 中国人の固定観念を書き連ねているのでは?というもの

中国の正史である
 1735年「明史日本伝」には
 日本にはもと王があってその臣下では関白が一番偉く
 当事の関白は山城守の信長で・・・
 信長の参謀の明智に落ち度があったので
 秀吉に命じて軍隊をひきいて攻めさせたが
 信長は突然明智に殺された。変事を聞いて武将の行長らとともに
 秀吉は明智をほろぼした。

魏志倭人伝はこの明史日本伝よりも古い古い文章である
中国は日本をけだもの扱い、隣国のことを正確に記録するかぁ?

魏志倭人伝を書いた人物は日本を直接見てもいない
間接情報というべきものである。
又聞きを伝え書きしたあやふやなもの

「邪馬台国の卑弥呼」は「大和国の日の御子」
 を読み間違えたものではないだろうか
 当事、言語もおぼつかないときにおいて
 通訳がいたとしても
 日本の官吏も正しく伝えられたかどうか^_^;
 
   

豊穣の国

日本の歴史

  自然の恵みを受けて極めて多彩な食生活
  カヤ、鬼ぐるみ、クリ、トチ
  カツオ、サケ、マダイ、スズキ
  アサリ、カキ、ハマグリ、シジミ
  イノシシ、鹿、マガモ、キジ
  ユリネ、山芋、クズ、カタクリ等々

 縄文時代からクリの栽培、ソバ、マメ、エゴマ、ホオヅキ
  カキの養殖も行われ米も天水田で栽培

 土器の最古はアジアで8千年
 日本では16500年前世界一古い!
 日本の土器は煮炊き用

 豊かな食料が調達できる日本では
 早くから文明が発達したのではないだろうか
 
 縄文には神殿もあり天文学外洋航海術、高床式祭殿建築
 奈良時代以降の社寺建築にも同じ工法が用いられたという

 落葉広葉樹林(ブナ、クルミ、クリ、ナラ)
 常緑広葉樹林(カシ、シイ、クス)

 稲作が遅れたのは米に頼らなくても
 食料が豊富だったからで
 西日本には森の資源が少ないのと
 地球の気温の変化で稲作に頼り始めた弥生時代

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