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奈良時代末期
日本の初期の荘園ができつつある頃
ユーラシア大陸の西端にヨーロッパともいえない
ヨーロッパが誕生しかけていて
ケルト民族ゲルマン民族の住んでいたガリアの地(ヨーロッパ)は
無文字社会の蛮族辺境の地!
文明はイタリアから東へイスラエルや中近東へ広がり
ローマのイタリア半島統一(紀元前272年)
カルタゴ滅亡(前146年)
イエスの誕生ーキリスト教の迫害
コンスタンティヌス帝がキリスト教を公認(313年)
コンスタンスノーブルに遷都(330年)
キリスト教をローマ帝国の国教に定める(392年)
ローマ帝国が東西に分裂(395年)
ゲルマン民族の大移動
ゲルマン人はあちこちに移動しローマ人と混血し
ローマ人から軽蔑されながら支配しローマ文化を吸収
西ローマ帝国が滅亡(476年)
東ローマ帝国はその後も存続
東のキリスト教は東ローマ帝国の保護下にあったが自由はなし
西のキリスト教は信仰の自由で人々の信心の力が結集
マホメットがアラーの神を教えを説いて
イスラムが勃興し、アラブ民族が
アラビア半島を統一し周辺を侵害し
東ローマ帝国は打撃をうけたが防戦
進路を変えたアラブ民族のイスラムは
アフリカの地中海岸を西へスペインに渡り
ゲルマン人の国(西ゴート王国)を制圧(711年)
ガリア地方へ侵出したがここでゲルマンと死闘の戦いで侵出が止まる
そして東地中海の一部はわずかにローマの手に残ったが
西地中海はイスラムに制圧(732年)
フランク王国カール大帝がヨーロッパ地域の北部に移動
ローマ法王は東ローマ帝国の皇帝から独立することに腐心
イスラム教からの圧力に脅威を受けていたので
新しいローマ帝国をつくりその武力で法王の立場を守る
ことでフランク王国カロリング朝を支持し
西ローマ帝国の戴冠を
ローマ法王と結びつき名実ともに権力を確立し
ヨーロッパの主要地域を支配(800年)
西ローマ皇帝の戴冠 ヨーロッパ誕生!
東ローマをモデルとして中央集権的専制国家を
つくろうとしたが、様々な障害で王宮はもったが
首都すらできないガタガタな形勢帝国!
カール大帝が死亡するや(814年)
西ローマ帝国は三分され、(843年)
ノルマン人が東西フランクに侵入
ドイツ、フランス、イタリアの三国の原型(870年)
ローマ文化とキリスト教とゲルマン民族(ラテン語)=ヨーロッパ文化
ローマ系人種とゲルマン系人種の混じりあいの度合いに応じて
ドイツ人、フランス人、イタリア人といった民族分化がすすみ固定化
604年憲法17条制定
628年唐、中国を統一
743年には日本では墾田永世私財法
794年の日本では平安京に遷都
858年藤原氏が摂政となる
907年 唐が滅亡
日本では寄進地荘園が始まる
神聖ローマ帝国の再興(962年)
1011年「源氏物語」が
白人社会に比べると
日本は古い古い神話の時代から始まっている文明の国
漢字も日本が中国から取り入れたのは国際用語として
必要としたもので文字を必要としたのではなく現代のように
英語を日本人が学ぶようなものではなかっただろうか
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