誇りある日本

歴史の忘却は民族の衰退になる

桜酒のお気に入り

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 前のページ ]

お気に入りの記事


東京裁判に対する想い

あまり自分の「歴史に対する」想いをエントリとして出す気は無いのですが、
東京裁判だけは、どうしても一言書き留めて置こうかと思います。
(本当か?多分そのうち色々と書くんじゃないのか?私w)

通称:東京裁判。

正式には極東国際軍事裁判と言います。
これは戦勝国側が敗戦国を裁くという、極めて理不尽な裁判です。
そしてこの裁判を更に不条理にしたのが「事後立法による遡及効」です
(以後、遡及法と言います)。

この裁判においてはA級・B級・C級などの区分があります。
そう、区分です。
これは決して、罪の軽重を言っているのでは無いのです。
しかしこれは、よく誤解されている事柄です。
次に各々の起訴罪名を挙げます。

A項:平和に対する罪

B項:通例の戦争犯罪

C項:人道に対する罪

これを見て貰えれば解るように、私達の今の感覚から言えば、
「人道に対する罪」の方が「通例の戦争犯罪」より重いと思いませんか?
しかし私達は、B級(通例の戦争犯罪)よりC級(人道に対する罪)の方が
重いと思っていませんでしたか?

そしてメディアは殊更に「平和に対する罪」「人道に対する罪」を
強調していませんでしたか?

そして私達はA級戦犯が「平和に対する罪」であることは刷り込まれてきましたが、
「人道に対する罪」がB級では無く、C級である事を刷り込まれてきましたか?

しかし何故か、C級であるはずの「人道に対する罪」が必ず言われ、
反対にB級であるはずの「通例の戦争犯罪」は
メディアには登場しません(私の知る限りですが)。

つまり私達は、区分であるはずのA級・B級・C級を意図的に
「罪の重い順」と誤解させられているのではないでしょうか?
(区別と差別を摩り替える、自称人権主義者の言のようです)

先も述べましたように、A・B・C等は、区分でしかないのです。
しかし、何故かA級戦犯は悪鬼の様に言われ、
B・C級戦犯はあまりメディアや特定国には言われないのでしょうか?

ここに私は、何らかの作為を感じてなりません。

ところで「平和に対する罪」って何なんでしょうね?
歴史を識っている人ならば、腹筋が鍛えられる事ではないでしょうか?




さて、区分に対しては述べました。
ここからが一番の私の想いです。

最初に述べましたように、東京裁判は遡及法による裁判であるという事です。
「遡及法」
これは法治を否定するやり方です。
即ち、規定されていない事柄を、事が終わった後に制定し、
それを適用するという事です。

煙草を例にしてみましょう。
現在日本においては、煙草を20歳以上になれば吸う事は認められています。
もし明日煙草を吸う事が禁止され、違法になったとしましょう。

通常の近代法であれば、効力を発揮されるとした日時を以って
犯罪とする事になります。

しかし遡及法とは、「規定」されておらず、また逆に「認められていた」としても、
「制定された時より過去に遡って効力を及ぼす事が出来る
(つまり遡及)」法という事です。

即ち、もし明日煙草が違法と制定されたのであれば、
今現在喫煙している者までをも「犯罪者」として裁く事が出来る訳です。

これは非常に「理不尽」且つ「不条理」だと思いませんか?
今日まで「合法」であった喫煙が、次の日に「違法」と制定されたとたん
「今日」吸っている事までが犯罪とされる訳です。

貴方なら納得出来ますか?
私には出来ません。

煙草を吸われない方もみえると思います。
では例えば車のシートベルト等はどうでしょう?
もうすぐ後席もシートベルトの着用が義務付けられます(効力が発揮されます)。
しかも現在、後席のシートベルト着用義務は制定されています
(効力は発揮されていません)。

もし仮に、効力が発揮されていない現在ばかりではなく、
過去、着用義務は制定されていない時期の事についても、
「制定したから」という事で罰せられたとしたならば、貴方は納得しますか?
私は納得出来ません。

遡及法とは、この様なものなのです。
もしこれが「真に」弱者救済の為であるのであれば、
私も考え、納得出来るかもしれません。

しかし考えてみて下さい。
東京裁判は「勝った者」が「負けた者」を、「勝った者」から
「判事(裁判官ですな^^;)」を選び、そして「負けた者」を裁いた裁判です。

しかもその罪状が「遡及法」であったとしたら、貴方は納得出来ますか?

もし納得出来るとするならば、貴方は「法の下に平等である」という
「法治主義」を否定していると言わざるをえません。

以上を以って、私は東京裁判を認める事が出来ません。
貴方は認めますか?


以上は左巻きさんの記事一部をコピーしたものです。
全文を見たい場合は
http://blog.ninja.co.jp/の検索内で「左巻きのしょうも無い」を


 みなさんは、「さようなら」は、なぜ「さようなら」と言うのか知っていましたか?
考えたことなかったという方が多いはずです。
でも、この本よんで目覚めたような気分です。

「日本のこころの教育」 境野勝悟  致知出版社

 わたしは、あまりにも日常の言葉である「さようなら」の意味を調べあげるのに、実は、十数年もかかってしまったのです。

 ある日、「さようなら」という言葉の意味は、けっして「グッド・バイ」に劣らない、日本人の心がしっかりとこもっているすばらしい別れの挨拶であったことがわかったのです。
「こんにちは」の意味も・・・・

+++ と、言いながら、日本人が生きるための3要素の解説に導入+++

 生きるとは、「いき」と「る」とに分解できるんですよ。
 「る」という文字は、ものごとが自発的に継続しているときにつけた接尾語で、自然にずーっとしつづけている、という意味ですね。

 私達が死ぬときは、この「いき」が「る」しなくなった時です。つまり、呼吸が継続しないで、ハッっと止まってしまったとき、わたくしたちは、死んでしまうわけですね。
わたくしたちの呼吸は、うまれてから今日まで、一日も止まらずに自発的に、自然的に継続されてきた。昼間だけでは、ない。ぐっすりと寝ているときでさえも。・・・・

 さて、そこが問題だ。みんなの胸の中にある心臓は、いったいなんの力によって活動しているのか。心臓をカチカチコチコチと動かしているのは、だれなんだろう。
 実は、最近、あの心臓をカチカチと動かしているのは、電池であるということがわかってきたのです。しかも、その電池は、太陽電池であるということがわかってきたのです。

(略)

 わたくしたちの、心臓の付近に、太陽電池を採るレーダーの働きをする物質があることが研究されてきています。このレーダーが、太陽電池を採って、わたくしたちの心臓をコチコチと働かせているというのです。

(略)

 このように考えると、ぼくたちの生命の原因は、なんと太陽だったのです。
なにも、心臓のレーダーのことなど説明しなくても、太陽がなくなれば、地球全部がその瞬間に真っ暗闇になります。あっという間に、氷の海になって生きているものは、みんな死んでしまうでしょう。

(略)

 さて、驚くべきことに、こういうことを二千年も前から、日本人は感覚的に気がついていて、そのことを大切にしていたのです。わたくしたちが生きているのは、太陽のエネルギーのお陰である・・・・そういうことをみんなが大切に思っていたのです。古代の人は、太陽のことを「お蔭様」(おかげさま)といっていたのです。

 わたくしたちの生命の原因は、太陽である。     
 実は、ここから「日の本」という言葉が生まれてきたのです。この「の」は格助詞の「が」と同じですから、「日の本」とは「日が本」つまり「わたくしたちのいのちは太陽が元だよ」ということですね。

(略)

 「の」が抜けて「日本」という国名になったんです。
 「日本」という字を見ればわかります。わたくしたちの命の元が太陽だと知って、太陽さんのめぐみに感謝して、太陽さんのように丸く、明るく、元気に、豊かに生きる。これが日本人だったのです。

(略)

 どうか、諸君海外旅行に行ったりしたとき、「日本人って何ですか」って、そう聞かれたら、はっきりと答えてください。
「わたくしたちの命の原因が太陽だと知って、その太陽に感謝して、太陽のように丸く、明るく、豊かに、元気に生きる、これが日本人です。」
と、おっしゃってください。

 さあ、生命の原因、わたくしたちが生きている原因の一番目は太陽とわかりましたでは、二番目の恩はなんでしょうか。日本の大地・自然というものがないと、わたくしたちは生きてゆけません。空気も山も木も水も田んぼも含め日本の大自然がないと、いくら太陽があっても私たちは生きていけない。それで、命の原因の二番目にわたくしたちの先祖は日本の自然を大事にしたのです。

(略)

 みなさんは家から学校に来るときに、どこの大地・自然を踏んできましたか。
日本の大地・自然ですよ。「おれは国の世話にも、国土のお世話にもなってない」なんていう人がいたら、とんでもない話ですね。この学校も日本の国土の上に建っているんです。
 そういうことをはっきり自覚しないと、わたくしたちは自然とか大地のありがたさを忘れてしまうんです。

(略)

 太陽に感謝する、大地・自然に感謝するといっても、それは国のためでもなんでもない。日本の自然に感謝したって、自然さんは何の得にもならない。太陽に感謝したって、太陽さんに何の足しにもなりませんよ。自然さん、ありがとう、太陽さん、ありがとう。自然と太陽がわたくしの命の大元です。こういうふうに感謝して、得をするのは実は自分なんですね。

 幸福とはなんですか。何のことはない、感謝して生きることができる人間が幸福だったんです。
さて、いよいよ生命の原因の三番目。いくら太陽があってもいくら自然があっても、わたくしたちは生きられないのです。わたくしたちの生命の原因の三番目は、父母なんです。

 この「父母」とは、お父さん、お母さんだけを意味するのではありません。
そのお父さんのお母さん、そのまた先のお父さんのお母さん、ずーっとずーっと・・・。
つまり民族ですね。わたくしたち日本の民族、長い間の父母です。

 なぜ「おかあさん」と呼ぶのか。
ところで、僕が小学校の一年のときのある日、「ただいま」って家に帰ると、お母さんがいないときがありました。お父さんに、「お母さんとうしたの?」と聞くと「稲刈りで実家へ手伝いに行ったよ」という。

 そして「きょうはお母さんがいないから、おれが温かいうどんをつくってやる」と言って、父親がうどんをつくってくれました。ところが温かいうどんのはずなのに、お父さんのつくったうどんはなぜか冷やっこいんです。

 一方「ただいま」と家に帰ってお母さんがいるときは僕はいつでも「お母さん、何かないの?」と聞きました。すると、母は「おまえは人の顔さえ見れば食い物のことばっかり言って、食いしん坊だね。そこに、ほら、芋があるよ」って言う。
 芋はひやーっとしてても、だけれども、お母さんのそばで食う芋は不思議と温かいんです。

 これは、もしかすると女性には理解できないかもしれないけれども、男性にはわかってもらえると思います。お母さんが家にいると黙っていても明るいのです。それでわたくしたち男は自分の妻に対して、「日身(カミ)」に「さん」をつけて「日身(カミ)さん」と言ったのです。丁寧なところでは、これに「お」をつけて「お日身さん」といったんですよ。

 なんでしょうか。この「日身(カミ)」という意味は?
「カ」は古い言葉では「カカ」といいました。もっと古い言葉では「カアカア」といった。
さらに古い言葉では「カッカッ」といたんです。「カカ」「カアカア」「カッカッ」。これが「カ」となるんですね。「ミ」というのは、わたくしたちの身体という意味です。ですから、「日身(カミ)」とは、わたくしたちの身体は「カカ」の身体である。「カアカア」の身体である。「カッカッ」の身体であるという意味なんです。

 では、「カカ」「カアカア」「カッカッ」という音は、古代では一体何を意味していたのでしょうか。「カッカッ」というのは、太陽が燃えている様子を表す擬態語でした。「カッカッ」とは、実は太陽のことを指したのですね。「カアカア」「カカ」という音も同様です。つまり、わたくしたちの体、わたくしたちの命は太陽の命の身体であるということを、「日身(カミ)」(太陽の身体)と言ったんです。

「カミ」の「カ」に「日」という漢字が当てられているのを見れば、「カ」が太陽のことを意味しているということがわかるでしょう。「日身(カミ)」とは、太陽の体、太陽の身体という意味だったのです。

 お母さんはいつも明るく、あたたかくて、しかも朝、昼、晩と食事をつくってくださって、わたくしたちの生命を育ててくださいます。わたくしたちの身体を産んでくださいます。母親というのはわたくしたちを産み、その上私たちを育ててくれます。母親は太陽さんのような恵みの力によってわたくしたちを世話してくれる。母親はまさに太陽さんそのものだということから、母親のことをむかしは「お日身(カミ)さん」といったのです。

 私達は千年以上も以前から、子供たちが自分の母を「太陽さん」と呼んでいたということには、わたくし自身もびっくりいたしました。

 女性徒のみなさんいかがですか。あと数年たって結婚して、子供をお産みになる。すると、みなさんは子どもから、おかあさん、つまり太陽さんと呼ばれるんです。亭主からもお日身さん、太陽さんと呼ばれます。今日みなさんが「おかあさん」といっているこの「か」は太陽の意味ですよ。

 ついでに、それでは、なぜ「おとうさん」と呼ぶのでしょう。

女性たちは、結婚してから思ったのです。夫は、自分や子どものために一所懸命外へ出て働いて、毎日毎日の糧、生活の糧を運んでくれる。女性たちに危害を与える賊が来ると追い払ってくれる。「まあ、なんて尊いお方だ。やっぱり、夫も太陽さんのように尊い人だ」と言ったのです・・・・・

(略)

さて、いよいよ話を「今日は」「さようなら」に戻します。
「今日は」の意味も、「さようなら」の意味も、その挨拶だけを独立させて考えてしまうと、その真意がつかめなくなります。

 わたくしたちが知人に出会ったとき、「今日は」という挨拶のほかに、「お元気ですか」という表現をつかっています。この二つは、それぞれが孤立した応答ではなく、「今日は、お元気ですか」と続いていた挨拶なのです。

 この「今日は」の「今日」という言葉は、現在では、きのう、きょうという意味での「今日」となっていますが、実は、古くは太陽の意味であったのです。

 いまでも、太陽のことを「今日様」と呼ぶ地方はたくさんあります。

(略)

「今日は」

という挨拶は、

「やあ、太陽さん」

という呼びかけであったのです。

「元気ですか」の元気とは、元(もと)の気(エネルギー)という意味ですから、太陽の気(エネルギー)をさすことになります。つまり、「今日は、元気ですか」とは、あなたは太陽のエネルギーが原因で生きている身体だということをよく知って、太陽さんと一緒にあかるく生きていますか、という確認の挨拶だったのです。

それを受けて、

「はい、元気です」

と答えます。つまり、

「はい、太陽さんと一緒に元気に生きていますよ」

と応答するわけです。それから、

「さようなら(ば)、ご機嫌よう」

となります。

「機嫌」とは、「気分」とは「気持ち」という意味です。したがって、

「さようなら、ごきげんよう」の意味は、

「太陽さんと一緒に生活しているならば、ご気分がよろしいでしょう」

となります。

「今日は、お元気ですか」

「はい、おかげ様で元気です」

「さようなら、ご機嫌よう」

これが、わたくしたちの挨拶の基本だったのです。

これをくずして対話すると、

「きょうは、太陽さんと一緒にやっとるかね」

「おかげさんで、太陽さんと生きていますね。ありがとうでござんす」

「そんなら、気分は上々だぁーね」

というわけです。

まことに気分のさわやかな挨拶ではありませんか。

+ + +

「さようなら」の意味って、すごい!!!

転載元転載元: ザ・新無効論 <無効憲法の正当化の時代はそろそろ終わりに!>

御名御璽

たつやさん(http://blogs.yahoo.co.jp/tatsuya11147/MYBLOG/yblog.html
のブログの記事にあったのだが
ぱっとみてなにが書いてあるのか知識不足の私にはすぐにはわからない!
とりあえず私なりに平坦な翻訳をしてみようかと^_^;

昭和天皇が人間宣言だとされたものだが、以下の文にはどこにもそのようなことは書かれていない!
   天皇は国民とともに生きてきたのだと伝えていて、人間宣言をしたと占領軍が広めたに過ぎないようだ


☆☆☆☆ ☆☆☆☆ 

 茲ニ新年ヲ迎フ。顧ミレバ明治天皇明治ノ初国是トシテ五箇条ノ御誓文ヲ下シ給ヘリ。曰ク、

  新年を迎えて、かえりみれば明治天皇が明治の初めに五箇条のご誓文を出された、それは

[ 
 一、広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スベシ

    1、みんなで集まって会議を起こしいろんな事柄を相談して決めましょう
      簡単に言えば民主主義にしましょうねである。

 一、上下心ヲ一ニシテ盛ニ経綸ヲ行フベシ
 
    1、上も下も心を一つにして盛り立てて国家の秩序をととのえ治めるようにしましょう


 一、官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ゲ人心ヲシテ倦マザラシメンコトヲ要ス

    1、官、民、心を一つにし目的に向って怠けないようにがんばりましょう

 一、旧来ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クベシ

    1、過去からの悪習慣決まりを捨てて道理の通った道を選びなさい

 一、智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スベシ

    1、知識を世界に求め大いに日本を揮い起こしましょう

 叡旨公明正大、又何ヲカ加ヘン。朕ハ茲ニ誓ヲ新ニシテ国運ヲ開カント欲ス。須ラク此ノ御趣旨ニ則リ、旧来ノ陋習ヲ去リ、民意ヲ暢達シ、官民挙ゲテ平和主義ニ徹シ、教養豊カニ文化ヲ築キ、以テ民生ノ向上ヲ図リ、新日本ヲ建設スベシ。

褒められるべきである公明正大、これになにを加えるものがあろうか。
 朕は公明正大の誓いを新たにして国の運を開こうと思う。
 すべからくこの主旨にのっとり、古くからある悪習を去らせて自由な民意にして
 官民あげて平和主義に徹っし、教養豊かにして文化を築き、国民の生活を向上を図り
 新しい日本を建設しようではないか
] 
    [  〜  ] が明治天皇の五箇条の誓文とそれについてのお言葉

 大小都市ノ蒙リタル戦禍、罹災者ノ艱苦、産業ノ停頓、食糧ノ不足、失業者増加ノ趨勢等ハ、真ニ心ヲ痛マシムルモノアリ。然リト雖モ、我ガ国民ガ現在ノ試錬ニ直面シ、且徹頭徹尾文明ヲ平和ニ求ムルノ決意固ク、克ク其ノ結束ヲ全ウセバ、独リ我国ノミナラズ、全人類ノ為ニ、輝カシキ前途ノ展開セラルルコトヲ疑ハズ。夫レ家ヲ愛スル心ト国ヲ愛スル心トハ我国ニ於テ特ニ熱烈ナルヲ見ル。今ヤ実ニ此ノ心ヲ拡充シ、人類愛ノ完成ニ向ヒ、献身的努力ヲ効スベキノ秋ナリ。

 大小の都市が戦争でこうむった被害、被災者の苦難、産業の滞り、食料の不足、
 失業者増加の社会の流れは、まことに心を痛めるものです。
 しかりといえども、我が国民が現在の試練に直面し、かつ徹頭徹尾、
 最初から最後まで文明を平和に求める決意が固く、その結束をまっとうせれば
 我が国のみにならず、全人類のために、輝ける前途の展開ができることを疑わず、
 それは、家を愛する心と国を愛する心は我が国において特に熱烈であると見る。
 いまやこの心を拡げて充実し、人類愛の完成に向かい、献身的努力をすべきときである。

 惟フニ長キニ亙レル戦争ノ敗北ニ終リタル結果、我国民ハ動モスレバ焦燥ニ流レ、失意ノ淵ニ沈淪セントスルノ傾キアリ。詭激ノ風漸ク長ジテ、道義ノ念頗ル衰ヘ、為ニ思想混乱ノ兆アルハ洵ニ深憂ニ堪ヘズ。

 おもうに長きにわたる戦争の敗北に終わった結果、わが国民はどうもすればイライラ焦り、
 失意の渕に沈もうとする傾向がある、言動が異常に過激になり、道徳心がすこぶる衰え
 そのために思想、混乱の兆しがあるのは深く憂いに耐えられないものです。

 然レドモ朕ハ爾等国民ト共ニ在リ。常ニ利害ヲ同ジウシ休戚ヲ分タント欲ス。朕ト爾等国民トノ間ノ紐帯ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ、単ナル神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ。天皇ヲ以テ現御神トシ、且日本国民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル観念ニ基クモノニモ非ズ。

 しかれども朕は汝等国民とともにあって、常に利害を同じにし喜びも悲しみも分け合いたいと欲して
 朕と国民とのつながりは、終始お互いの信頼と敬愛とによって結ばれて、たんなる神話と伝説とに 
 よって生きていた者ではない。天皇を現御神とし、かつ日本国民を他の民族に優越する民族にし、
 のべて世界を支配すべき運命を有するとの架空の観念に基づくものではない。

 朕ノ政府ハ国民ノ試錬ト苦難トヲ緩和センガ為、アラユル施策ト経営トニ万全ノ方途ヲ講ズベシ。同時ニ朕ハ、我国民ガ時艱ニ蹶起シ、当面ノ困苦克服ノ為ニ、又産業及文運振興ノ為ニ勇往センコトヲ希念ス。我国民ガ其ノ公民生活ニ於テ団結シ、相倚リ相扶ケ寛容相許スノ気風ヲ作興スルニ於テハ、能ク我至高ノ伝統ニ恥ジザル真価ヲ発揮スルニ至ラン。

 朕の政府は国民の試練と苦難とを緩和したいがために、あらゆる施策と経営とに
 万全の方途を講じ、同時に朕はわが国民が当面の難問題に決意を固めて行動を起こし、
 当面の困り苦しむことを克服するために、また産業及び文化文明を盛んににするために
 勇んで前進することを希望し念じたい。
 わが国民がその公民生活において団結し、お互いに寄り添い助け合って寛容で許す気風を
 奮い立たせれば、至高の伝統に恥じない真価を発揮するに至ります。

 斯ノ如キハ、実ニ我国民ガ、人類ノ福祉ト向上トノ為、絶大ナル貢献ヲ為ス所以ナルヲ疑ハザルナリ。一年ノ計ハ年頭ニ在リ。朕ハ朕ノ信頼スル国民ガ朕ト其ノ心ヲ一ニシテ、自ラ奮ヒ、自ラ励マシ、以テ此ノ大業ヲ成就センコトヲ庶幾フ。

 このごときは、実にわが国民が、人類の福祉と向上とのため、
 絶大なる貢献をなすことを疑わざることなしです。
 一年の計は年頭にあり、朕は朕の信頼する国民が朕とその心を一つにして
 自らを奮いたたせ、自らを励まし、もってこの大業を成就することを強く願う

御 名 御 璽
 天皇の名前と天皇の公印


昭和二十一年一月一日
1946年1月元旦

開く トラックバック(1)

気に入った

http://blogs.yahoo.co.jp/myo7676/9805448.html



悠久なこの世界の、永遠より永遠へ、無限より無限へ、とうとうと流れに
流れてつきない流れの中の始めであって、終りのない始めであります。
ですから、限りなく始めがあり、限りなく終りのない、無始無終の久遠なる始めであります。
そこには時間や空間を超越したものがあります。

妙さんの講義のなかの気に入った言葉をちょいと拝借

上記の言葉は私はすごく気に入ったぁ!

追加(あんまり、かってにここで書くと叱られるかなあ)

 *天の月を識らずして 但(ただ)池の月のみを観る

これって平和平和と池の月を平和と勘違いしている日本人のような感じで
本当の天の月のように真の平和をしらない日本人と同じだなあと

  池に映る平和な月など、簡単に崩れてしまう(ーー;)

書留?

一切皆苦さんの下記の部分が気に入ったのでここに書き留めた
http://blogs.yahoo.co.jp/musyu2005/47542923.html

日 出 国(ひ いずる くに)

日本が日出る国と言われるのはなぜか。
それはアジアの国の中で最初に西洋文明を取り入れ、
五大強国の仲間入りをするとともに、
東洋文明と西洋文明という全く異質の二つの文明を統合して
世界文明を作り上げる能力を持っていることを示した唯一の国だからだ。

それは日本人にしかできない!



・・・・

ついでに自分のテスト用の記事も再度一緒に書きとめておく

滅ぼす

日本は先天的に悪い国と規定し
「日本人の頭骸骨は白人のそれより2千年遅れている
白人と交配しても難しいから戦後処理では4つの島に封じ込めて滅ぼしていく」


このF・ルーズベルトの言葉は英国首相府の公文書としていまも保管されている

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 前のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事