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張作霖が日本軍人に爆殺されたのを考えると
日露戦争で日本を応援したアメリカは
ロシアの進出をくいとめてアメリカが満州に進出したかった!
1、ポーツマス条約の交渉の最中に満鉄を合同にするように
米国鉄道王ハリマンが来日し申し込み
満鉄の米国介入は失敗し、その後は日本に敵意と警戒
2、満鉄の権利を日露の独占から離れさすために中立化を提案
3、満鉄平行線の建設の提案をしたが列国の反対で失敗
4、石井・ランシング協定を破棄して米国の満州進出を図る
ポーツマス条約後に日清間で満鉄併行建設禁止条約が結ばれたのだが
1、 張作霖が米国資本を背景に条約を無視して
米国からレールを輸入したりして鉄道併行線を建設!
満州民族が漢民族を支配するために北京へ移動
入れ替わりに非合法な漢民族が流民となって満州へ入りこみ
満州人は少数民族となり馬賊、匪賊の梁山泊になる。
張作霖もそうした馬賊の親玉であったのが政府側の呼びかけで軍人に
といっても軍人と匪賊との違いは大して変わらない
匪賊は夜に略奪するが軍人は昼間に公然と略奪する違いくらいだ。
満州に女性は少なく共同出資で一人の女性を妻にしていた(共妻)
馬賊は農村から略奪と女性の連行、暴行が慣わしで
満州は女は娼婦、男は匪賊でなければ出世できない!
2、 張作霖、張学良の満州における搾取と略奪、高課税とインフレ
満州の財政は80%の軍事費で大きな赤字
歳入の大部分は塩税、アヘンが中心で
他は財産家からの財産強奪、恐喝、誘拐、処刑
それでも足りずに農産物、家畜すべてに課税
他省では流通できない各支配者による紙幣の発行(数十種〜数百種)
*張作霖一人が死ねば満州における日本への横暴と排日
そして満州民族の悲惨と苦しみは免れると
現地日本軍人の考えによって張作霖の暗殺が実行
これを恨んだ張学良の「満州易幟」
これをきっかけにして
蒋介石が張学良を督励にやってきて逆に拘束されて
スターリンの命令で周恩来が仲介に入り
共産軍への戦いから抗日戦にむりやり切り替えさせられ
盧溝橋事件へと発展
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