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蒋介石の北伐が済南を包囲(昭和3年)
済南は外国人が多く住んでいて邦人は2千人余
第2の南京事件に発展の恐れがあるとして
日本は居留民保護の目的で出兵(第2次山東出兵)
北軍が退却したあとやはり市内は緊迫の様相
日本軍は東西2箇所に防御工事をして居留民を収容保護
しかし蒋介石が治安は中国側がするので
日本の警備を撤去してくれという要請があり
蒋介石の約束を信じた日本軍は防御警備を撤去
ところが、撤去した直後に襲撃掠奪が始まり
かけつけた警官も暴行を受け
救援部隊がかけつけると逃げて兵舎に隠れて銃撃を加えてきた。
そして市中は乱射掠奪がはじまりその後停戦の申し合わせができたが、
日本人が白旗を掲げても乱射されたという中国兵の暴挙!
済南で居留民に加えられた暴虐陵辱は
言語に絶する鬼蓄の仕業を受けてしまった!
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