誇りある日本

歴史の忘却は民族の衰退になる

桜酒歴史

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防御を解けばx


蒋介石の北伐が済南を包囲(昭和3年)

済南は外国人が多く住んでいて邦人は2千人余

第2の南京事件に発展の恐れがあるとして

日本は居留民保護の目的で出兵(第2次山東出兵)

北軍が退却したあとやはり市内は緊迫の様相

日本軍は東西2箇所に防御工事をして居留民を収容保護

しかし蒋介石が治安は中国側がするので

日本の警備を撤去してくれという要請があり

蒋介石の約束を信じた日本軍は防御警備を撤去

ところが、撤去した直後に襲撃掠奪が始まり

かけつけた警官も暴行を受け

救援部隊がかけつけると逃げて兵舎に隠れて銃撃を加えてきた。

そして市中は乱射掠奪がはじまりその後停戦の申し合わせができたが、

日本人が白旗を掲げても乱射されたという中国兵の暴挙!

済南で居留民に加えられた暴虐陵辱は

言語に絶する鬼蓄の仕業を受けてしまった!

東方会議x


1927年7月7日
日本の山東出兵をしていた頃
日本ではシナ各地の正常に関する報告や意見を
聞きながら諸問題の解決の審議が開かれ
「対支政策網領」が内外に発表

1、シナの内乱については一党一派に偏せず民意を尊重
2、穏健分子の正当な国民的要望に同情を以って協力
3、各政府に対する日本政府は全く同様にする、統一の気運が
  起こる場合には助成する
4、シナにおける日本の権益並びに在留邦人の生命財産が
  不法に侵害される恐れがある場合は必要に応じ自衛措置を
  とる。
5、満蒙ことに満州は国防及び国民的生存の上から重大利害が
  あることから日本は特殊の考量を要し
  外国人に門戸開放・機会均等法を適用し経済活動を活発にする
   (ソ連でも英米仏でも開放するの述べている)
6、万が一動乱が満蒙に波及し、日本の特殊権益が侵害され
  安住の地を保持するべく防護する措置を講ずる覚悟を要する
7、日本と同様の考えで満蒙の政情安定の方途を講じ、
  経済発展、秩序維持、機会均等主義を実行する者であれば
  何人であれこれを支持歓迎する 

この東方会議の議決に基づいて首相から天皇に密奏したといわれる怪文書が
2年後に日本文ではなく漢文で出て英文パンフレットで世界に流布されるという
当初から偽造文書の疑いが出たが排日の資料として宣伝が繰り返されたために
本物らしくなったという。南京大虐殺と同じようなパターン
ちなみに昭和6・7年に日本共産党が英文をもとにして
日本文として復刻したものがあるそうだが、内容はもちろん上記内容とは違う。

*国民党の南京奪取後で当地に立ち寄った日本公使を歓迎する辞で蒋介石は
「東方会議の方針はシナにとって歓迎すべきである」という内容の
 スピーチを行っている。

台湾の戦後x


「日本は原爆、台湾は蒋介石」

アメリカの軍艦で運ばれてきた蒋介石軍の進駐と統治は

台湾における日本の官民の財産を略奪

台湾人の食料、産業物資、機材等も押収したたために

戦後の復興ができなくなるほどであっただけでなく

未曾有の飢饉に加えてペスト、コレラ、天然痘などの疫病が

中国から持ち込まれ大流行。

そして台湾人の大虐殺、犠牲者は3万人とか

それに続いての恐怖政治は

見に覚えのない罪を押し付けられ政治犯として投獄、

拷問、処刑、その数10万人以上という

中国人警官は買い物をしても支払いをせず

やくざ以上にゆすり、たかりをしていたという。

役所は賄賂やコネがないと動かない

中国人の強盗など凶悪犯罪が横行して

日本のように夜にも施錠しないでいられた台湾も

玄関の扉は二重、高層ビルの窓でも鉄格子をはめる

知識人などは仲間からも危険視され

危険な目にあう確率の一番高い者達であったとか

アメリカは台湾を

原爆の代わりに蒋介石を使って滅亡させようとしたのではないだろうか

*当事の中国人
 水道の蛇口から水が出るのを見て蛇口を買って壁につけて
 「水が出ない!だまされた」と激怒
 文字が読めず、不衛生極まりなく、盗み、婦女子暴行

                 以上は「黄 文雄」氏の子供の頃の話

居留民保護x


昭和2年
 天皇陛下の外交には特に慎重熟慮のお言葉もあって

首相と外相は兼任となり

 ・シナに対する援助の用意がある
 ・シナの共産党に無関心ではいない
 ・必要であれば列強と協調する

日本はシナ不干渉の姿勢ではあったが

蒋介石軍の北上にともない

奉天軍が敗れていく形勢では

シナには天津、北京、青島の居留民だけでも2万人

この日本人居留民の保護のために

日本は出兵しないわけにはいかず

「居留民の危険が去ったときには撤兵する」と声明を発表

第一次山東出兵(6月青島上陸)
 
 山東一帯はこれで安全が守れるとして歓迎をしたが

 北京政府、武漢政府、南京政府は抗議を発した!

第一次山東撤兵(9月)

 蒋介石軍が北洋軍に負けて北伐中断したため
 山東の危機が去ったとみて声明どおりに撤退

軟弱外交x


南京事件前後の
日本の外交に関する政府外相の考えは
 
 「理想主義的で無責任な平和外交」

 *一切の武力行使に反対、
   国際協調主義で対シナに絶対不干渉


 ・蒋介石や穏健派に援助をすれば売国奴の非難を受けて
  かえって悪条件を招く。
 
 ・シナ人の自治能力を信頼してソ連の援助を受けても
  共産主義にはなるまい
 ・もし共産主義になっても国際条約を破棄するなどはなく
  両国の提携協力は破棄されないものと信じる

 ・列国はシナを放任してシナ人の自治能力結果を待つほうがよろしい
 
 ・米国の排日については米国の正義の精神の復活を期待する。

この日本政府の考えとは裏腹に現実には 
 ・南京事件
 ・上海事件
 ・漢口の日本租界襲撃され陸戦隊が守らねばならない事態になり
  漢口の日本人居留民は上海、内地へ引き揚げを
  その後も南京、九江、沙市、重慶、成都、等々
  必要以外の居留民は上海と内地へどんどん引き揚げてきた。

  武力なしでは安全は守られない!


このような状況に対処するには

 日英提携をという英国からの提唱があったが日本外務省は無関心

 英国駐日大使は
 「日本はシナに対して絶えず譲歩を行う軟弱外交である」
  として日本に絶望を

シナに日本居留民もいなくて満州、朝鮮も日本が関わっていなければ
この政策でもよいが、それでもシナがソ連側の共産国家になれば
次には日本が侵略の的になり日本国そのものの安全が大きく脅かされる。
あまりにも楽観論の現実を見ない、いまの日本のようである。




 

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