誇りある日本

歴史の忘却は民族の衰退になる

歴史のメモ

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天皇とは国土と国民の安寧を祈る存在である。

天皇は日本を代表する元首である。

世界の王はほとんどが他からきた征服者
 絶大な権力を持ち支配する独裁者で国民とは対立関係。
 防御攻撃のできる王宮や城に住まいを持つ。

日本の王は国民と相互の信頼と敬愛により結ばれているとして
 権威はあるが権力は持たない。
 京都御所は庶民が定められた期間、自由に参詣できる無防備な住まい。

世界の王は姓がある。
 シナには「易姓革命」といって前の統治者を倒した者が統治者になるので姓がある。
日本の王は姓がない
 姓とは共同の祖先を持つ集団を称するものに天皇が臣民に
その印として与えるもので、与える側である万世一系の天皇には姓はない。

元号
 辛亥革命による清朝の滅亡で本家本元がなくなり朝鮮、ベトナムも廃止されて
 日本にのみ残された文化(独立国の証)
  
 戦後、米国の占領軍によって元号の存続を消されたが、
 さまざまな民間の運動により昭和54年に元号法制化を復活。

日本の天皇は「上・かみ」
神様といえば英語ではゴッド、
日本の神様はとてつもなく優れた人を神様ともいうが、(野球の神様、経済の神様等)
 悪いものや、ずば抜けた人でも神様という、木や獣、海山も神様という。
 国民も天皇を宗家とする神様の子孫であるとか、日本の神様の意味合いは広いのだ。
シナの神様は自然界の不思議な力を持つものや心を「神」の文字で表す。

ポルトガル等の宣教師は神の意味が違うと理解して神をデウスと訳したが
明治以降、米国の宣教師が神をゴッドと訳したことから
日本人が天皇を「神様」だと信じていると誤解して天皇に人間宣言をさせた。
 国民全部をキリスト教徒にしようと企み、クリスマスを祝うようになったのも・・
 それはいいが天皇までをキリスト教徒にしようと教育までしたという。
  これはローマ法王に仏教徒になれというようなもの。
  天皇が存在しえたのは、万世一系の長男のみに伝えられるという
  日本の祭祀を司る役目があるからこそ天皇でありえる。
  改宗したら天皇ではない!

 キリスト教徒であった美智子妃殿下を皇室に送り込んだことから・・・

縄文時代の神武天皇

200万年〜1万年の頃(氷河時代)にはすでに日本に人類が存在しており、
50万年前の旧石器文化の遺跡が発掘されていて、
狩・漁・採集の簡単な小屋や洞窟の生活をしていた石器時代。

農耕が発達していた東日本の縄文時代
・初代神武天皇(紀元前660〜585年)
世界では原始的な農耕や牧畜をしていた頃にあたる日本では縄文時代の前期にはすでに、
粟、ヒエ、ひょうたんなどの栽培をしており、
土器を発明することで、食料の貯蔵をしたり煮たり、蒸したりをして食していた。
釣り針、モリ、を作り、網を使った漁が行われ、
やじり、やり、おの、さじなどを使い狩もしていた採集生活をしており、
貧富の差や身分の差のない共同生活をしていた。
後期には稲作も始まっており、集落も大型化していた。

紀元前3000年の頃
 大陸では「秦」統一国家が成立し、「漢」に変わって、朝鮮北部まで広がった
 大帝国となる背景の倭の国(日本)。

稲作が西から発達し、身分と貧富の差が出た弥生時代
・6代孝昭天皇(紀元前392〜291年)
オリエント文明(エジプト・メソポタミア)の頃にあたる日本の弥生時代(紀元前3000年〜)には
灌漑やあぜで区切られた水田を作り、青銅の銅剣や銅矛は武器として大陸から伝わったが、
銅鏡と同じに祭りの用具として使われた。
同じ時期に伝わった鉄は農機具や武器の実用品として使われ工具として用いられた。
土器は縄文土器より薄くなり、模様もなくなった用途に応じた形の弥生土器が作られるようになる。

穀物を蓄えておく高床の建物ができ、稲作は、感慨・治水など共同作業によるものなので、
集落するものの中から人々に指図する者ができ、収穫が多く蓄えられる者が集落の長となり、
やがて周りの集落と用水などの争いが起きると、争いの指揮をしていたリーダーは
周りの集落を次々に従えて豪族となり、身分の違いが生まれ貧富の差もできるようになった。
(九州の小国から後漢に貢物を送り金印を授けられた者も出てきた。)

農業に関係の深い天候や水などから農業信仰が生まれる。

金属器時代(後氷期)

石器と銅と錫の合金を使い始めた金石併用時代
 銅は柔らかく短い期間であった。

銅と錫の合金を使い始めた青銅器時代
 銅とスズの合金は銅より硬いのだが、貴重なものとして上流階級の武器、祭具、装飾品
 一般の人々の用具には使われなかった。
「古代文明」
 定期的に肥えた土を運んでくる洪水のおかげで世界で一番土地を耕す労が少なく
下流では肥料もいらないナイル川流域に農耕が発達したエジプトでは
紀元前3000年頃統一国家が早くも出現する。
  治水は多人数の共同作業により行われるので、その人々を組織し、
  強力に統率する指導者が現れ、都市の主神の神官としての地位を背景にして、
  富をたくわえ、兵士を養い、抗争、同盟、侵入、征服の過程を通じて
  神殿を中心とする統一国家が出現。

 紀元前3500年頃アジアで生産が始まり、農業生産が増大し、交易が盛んとなり、
 都市が発達し、文字が発明される。

 世界の四大文明
  エジプトのナイル川、メソポタミアのティグリス・ユーフラテス川、
  インド西部(パキスタン)のインダス川の灌漑、中華の黄河流域

鉄を使い始めた鉄器時代、
 紀元前3000年頃エジプトで装飾品として使い始めて、
 紀元前2000年後半から武器、装身具がヒッタイトで用いられ
 紀元前1000年頃農耕具、手工業の用具として各地に広まる。

道具を作る

人類は「道具を作る動物である。」

石、木、骨、角、などを使って、投槍や弓矢を作り、狩や漁をしたり、
自然から野生の木の実を採ったり、貝をとったりして
( 貝塚―欧州北部海岸、日本の太平洋岸に多い。)
自然採集を食するための道具を作って少数・家族単位程度で生活していたのが、
農耕使用のための石器を作り、食べ物の煮炊きや保存などの土器を作りして、
農耕・牧畜をするために集落を形成した定住生活が始まった後半の石器時代。
 血縁の集団が集落を作って氏族社会が形成される。
 有力な氏族は移住、征服、併合、宗教的権威によって、
血縁関係のない集団で集落を構成し、族長(王)となる。

石器と銅を使い始めた金石併用時代
銅と錫の合金を使い始めた青銅器時代
鉄を使い始めた鉄器時代、

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