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五島市玉之浦見守りネット
玉之浦町たまのうらちょう
玉之浦町 廃止日 廃止理由 現在の自治体 廃止時点のデータ 国 地方 都道府県 郡団体コード 面積 総人口 隣接自治体 町の木 町の花 町の鳥 玉之浦町役場 所在地 座標
玉之浦町(たまのうらちょう)は、長崎県南松浦郡にあった町。2004年8月1日に福江市、南松浦郡 富江町、三井楽町、岐宿町、奈留町と合併し五島市となった。旧玉之浦町役場は五島市役所玉之浦支所となっている。
地理歴史地名五島市合併時に末尾の「郷」を廃止。
2004年、合併半年前に、以下の郷ができる。
教育
観光・名所井持浦教会堂とルルド(イモチウラキョウカイドウトルルド) 大村藩からの移住キリシタンが潜伏してきた。五島藩が塩造りの竈場で働せたという地区。1897(明治30)年建立の煉瓦造教会堂が台風で倒壊し、翌年1988(昭和63)年に、コンクリート造の現教会堂となる。
1865年の大浦天主堂での信徒発見の7年前、フランスのルルドで聖母出現があった。五島列島司牧の責任者ペルー神父は、1891(明治24)年、バチカンにこのルルドの洞窟が再現されたと聞き、五島の信徒に呼びかけて各地の石を集め、1899(明治32)年、日本で最初のルルドを作った。
所在地 小教区 内覧時間 ミサの時間 休日 拝観料・入場料 駐車場 交通アクセス エリア リンク
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長崎巡礼センター [住所]長崎市尾上町1-88 長崎バス観光案内所2階 [TEL]095-893-8763 関連項目カネミ油症 カネミ油症事件(カネミゆしょうじけん)とは、1968年に、PCBなどが混入した食用油を摂取した人々に障害等が発生した、主として福岡県、長崎県を中心とした西日本一帯の食中毒事件。油を摂取した患者からは、皮膚に色素が沈着した状態の赤ちゃんが生まれた。
胎盤を通してだけでなく、母乳を通じて新生児の皮膚が黒くなったケースもあった。この「黒い赤ちゃん」は社会に衝撃を与え、事件の象徴となった。学界でも国際会議で「YUSHO」と呼称され、世界的な関心を集めている。
概要 福岡県北九州市小倉北区(事件発生当時は小倉区)にあるカネミ倉庫株式会社で作られた食用油(こめ油・米糠油)「カネミライスオイル」の製造過程で、脱臭のために熱媒体として使用されていたPCB(ポリ塩化ビフェニル)が、配管作業ミスで配管部から漏れて混入し、これが加熱されてダイオキシンに変化した。このダイオキシンを油を通して摂取した人々に、顔面などへの色素沈着や塩素挫瘡(クロルアクネ)など肌の異常、頭痛、手足のしびれ、肝機能障害などを引き起こした。
当時はPCBの無害化技術も確立していない時代であり、カネミ油症の原因物質であるライスオイルは不適切な処理をされた蓋然性がきわめて高い。カネミ倉庫の事業所が存在する北九州市及び大阪市では、ダイオキシン類の一つであるコプラナーPCBが河川及び港湾の底質から基準を超えて検出されている。
原因の究明まで 患者発生の直前1968年春には、同社製の「ダーク油」を添加した配合飼料を与えられた鶏40万羽が変死していた。
1969年、医学専門誌『福岡医学雑誌』60巻5号には、患者から生まれた死産女子の解剖結果が報告されている。そこでは、副腎皮質が奇形であったことが示唆され、性器の肥大・突出があったことも書かれている。
1971年、専門誌『産科と婦人科』8月号に患者の性機能に関する報告が掲載された。経血が茶褐色に汚くなったことや性ステロイドの減少が見られることをふまえ、「PCB中毒はあらゆる意味で女性性機能を障害すると考えざるを得ない」とまとめている。翌年、『福岡医学雑誌』63巻10号は「PCBには女性ホルモンを増強する作用がある」と報告した。
1975年、長山淳哉[4]らの研究により、ダイオキシン類のポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)が事件に関係していることが判明した。
2002年に当時の坂口厚生労働大臣が、厚生官僚の反対を押し切り「カネミ油症の原因物質はPCBよりもPCDFの可能性が強い」と認めた。発症の原因物質はPCDF及びCo-PCBであると確実視されており、発症因子としての役割は前者が85%、後者が15%とされている。
井持浦113名
カネミ油症を追う
特集・カネミ油症1968〜69年 当時の紙面で振り返る
油症発覚から1年間の主な動き =1968年= ▼10月 12日 長崎新聞「米ぬか油で奇病 福岡県」の記事。長崎で一家が被害届 14日 久留米大教授がヒ素検出発表。佐世保市で主婦ら5人届け出 15日 佐世保市保健所がヒ素検出を報告。同日までに県がカネミ油の販売自粛指示。佐世保の卸商が普通の油とカネミ油を混ぜ卸していたことが分かる 16日 厚生省がカネミ製品を販売禁止。県が県油症対策協設置。県内被害届計204人 17日 県衛生研究所がヒ素含有量規定以下と発表。佐世保市保健所が15日報告したヒ素含有量の誤りが分かる。県内被害届計356人 18日 県油症対策協で診断基準策定を急ぐことなど決める。佐世保の無許可混合油で波紋広がる 21日 県内の開業医などに診断基準を通知。長崎大に油症研究班設置。付属病院で油症外来 22日 全国で被害届1万人突破 23日 佐世保市保健所が患者宅を訪問し実態調査。大牟田市で黒い赤ちゃん出産 24日 北九州市で黒い赤ちゃん死産 29日 同日付紙面で県は中毒症状を訴えている人のうち油症は2〜3割との見解 ▼11月 1日 県は長崎、佐世保の届け出のうち「油症の疑いは16%」とした 5日 県油症対策協が有機塩素系物質に的を絞って分析することを確認 9日 九州大油症研究班が「原因は有機塩素剤(カネクロール)」と発表 16日 九州大のカネミ倉庫への立ち入り検査で循環パイプの穴発見 30日 北九州市がカネミ倉庫社長を告発 ▼12月 1日 北九州市の小倉署が本格捜査開始 26日 県油症対策協、262人を認定 =1969年= ▼1月 21日 長崎市で油症患者医療事務打ち合わせ会。カネミ倉庫に医療費全額負担と見舞金1万円を支給させることなど決める 24日 長崎市油症患者の会結成 ▼2月 1日 福岡の被害者の会がカネミ倉庫や鐘淵化学工業など提訴 ▼5月 31日 カネミ倉庫に営業許可 ▼7月 10日 玉之浦町の生活保護の患者に支給された見舞金を福祉事務所が所得とみなし生活保護費から差し引いたことを報道 ▼8月 19日 玉之浦町の女性患者の脱毛症状を報道 ▼9月 2日 九州大の研究班がPCBが副腎や肝臓に著しい機能障害を起こしている疑いがあると発表 14日 健常な乳児が母乳で油症になった例を報道 20日 長崎市の油症患者の会が生業資金を請願 ▼10月 2日 玉之浦町の油症患者が死亡 19日 県が生活相談所を玉之浦町で20日まで、奈留町で21日開設 21日 県が玉之浦、奈留両町の患者350人に対し1人2000〜3000円の援助資金支給を決める 23日 県油症対策協が11月から年4回の検診決定 2010年1月17日長崎新聞掲載 被害認定 日本全国でおよそ1万4,000人が被害を訴えたが、認定患者数は2006年末現在で1,906人と少ない。うち、相当数が既に死亡している。家族が同じ物を食べて被害にあったにも拘らず、家族のうち1人だけが被害者に認定されるケースもあるなど、認定の基準が被害者には曖昧なものであった。
2004年9月厚生労働省の所管組織である国の「油症治療研究班(九州大学医学部を中心とする研究グループ)」は、新たに血液中のダイオキシン濃度を検査項目に加えた新認定基準を発表した。また、自然界では、ダイオキシンに曝露したことの影響と見られる生殖器官の異常など動物の奇形も見られるが、直接の被害者が男性の場合、精子など遺伝子へのダイオキシン類による被害があっても、親から子へと胎内を通じて直接、子孫に影響があると考えられる女性とちがい、血中のダイオキシン濃度測定だけでは、世代を超えた影響は関知しえないという問題もある。
裁判民事 1970年、被害者らは食用油を製造したカネミ倉庫・PCBを製造した鐘淵化学工業(現・カネカ)・国の3者を相手取って賠償請求訴訟を起こした。二審では被害者側が国に勝訴し、約830人が仮払いの賠償金約27億円を受け取ったが、最高裁では逆転敗訴の可能性が強まったため、被害者側は訴えを取り下げた。
この結果、被害者らには先に受け取った仮払いの賠償金の返還義務が生じることになったが、既に生活費として使ってしまっていたケースも多く、返還に窮した被害者の中からは自殺者も出るに至った。なお、カネカは仮払い金の返還を請求する権利を有していたが、被害者らがカネカに責任がないことを認める代償として仮払い金の返還請求権を行使しないという内容で和解に至った。
提訴は、関係者の思惑から全国統一訴訟団と油症福岡訴訟団にわかれて提訴された。全国統一訴訟は国を相手にしていたが、福岡訴訟団は時間節約を目的として国を外しカネカ・カネミ倉庫を相手とした。和解終結後の認定患者に対してはカネミ倉庫は訴訟患者の和解条件と同様の取り扱いをしているが、医療費自己負担分の支払い、一律23万円の一時金、死亡時3万円の葬祭料の支払い。鐘淵化学工業(カネカ)は新規認定患者約80人に対しては和解金300万円を支払っていない。理由として訴訟時に原告であった人だけを対象としてカネカに責任は無いとする条件で和解した為その後の認定患者への責任は無いとしている。
2008年5月「カネミ油症新認定訴訟」を福岡地裁小倉支部に提出するが、カネミ倉庫(株)の製造・販売した過失を認め、原告らがカネミ汚染油を摂取した為に、カネミ油症にり患したと認めながら、「除斥期間により権利が消滅している」として、原告全員の請求を棄却した[5] 。原告は控訴していたが、福岡高裁は2014年2月24日、一審判決を支持しこれを棄却。2015年6月2日に最高裁が上告を棄却し、判決が確定した。
刑事 当時の社長・加藤三之輔と工場長が業務上過失傷害容疑で告訴された。社長は無罪。工場長は一、二審とも禁錮1年6月の実刑判決を受け、服役した。
現状 発生から年数が経過し、事件の風化が進んでいたが(特に首都圏など東日本では)、2004年の認定基準の見直しなどもあって、事件が再び注目を集めることとなった。仮払金の返還問題についても、特例法による国の債権放棄など、被害者救済に向けた検討が与野党で始まっている。ただ、なお残る健康被害、被害者への差別・偏見など、問題は多く残されている。
被害者の検査は定期的に行われているが、具体的な治療法も発見されておらず、認定者の高齢化もあいまって、検査に訪れる人は年々少なくなっている。またPCBは内分泌攪乱化学物質の疑いがあるため、被害者の子供、その孫にも実質的に被害が及んでいる可能性があるが、先にも述べたとおり、被害者の認定が曖昧なため、実質、どの程度影響しているのか、調査も進んでいない。
こうした状況を受け、自民党と公明党は、被害者とその遺家族を救済するための法案を作り、野党の協力も得て2007年5月に衆議院の農林水産委員会で可決させた。野党側も法案に異論を示していないため、同年の通常国会で成立した(カネミ油症事件関係仮払金返還債権の免除についての特例に関する法律(平成十九年六月八日法律第八十一号))。結果一定の収入基準以下の被害者に対する仮払金返還請求を国が放棄し仮払金問題は一応決着するにいたった。
そのほか国が2008年1回に限り油症の定期健康診断を受けた患者に対し20万円の健康管理手当を支給することが決定した。
しかしまだ、カネミ倉庫株式会社の棚上げになっている500万円の未払い補償金問題(医療費自己負担分の支払いをカネミ倉庫株式会社が続ける限り500万円の和解金に関しては強制執行等行わないとして和解したため、カネミ倉庫株式会社からは一律23万円の一時金しか支払いがなされていない)が残っている。
現状において、カネミ倉庫株式会社が医療費自己負担分の支払い原資としているのは、農林水産省から預託された政府保管米の預託料の年間約2億円で、うち約6000万円程度が医療費支払いに充てられている。福岡県と長崎県の場合、被害者の多い地区では油症患者医療券を窓口で提示すれば一部の医療機関では自己負担分の支払いなしで受診可能である。しかし、それ以外の地区ではいったん自己負担した後領収書を郵送し、後日(一ヶ月後)ゆうちょ銀行口座に振り込まれるようになっている。
1970年の三者合意によって、カネミ倉庫に対して政府保管米を随意契約によって預託し、その保管料年間2億円によって被害者の医療費助成が行われていたが、2010年9月をもって政府はその契約を政府保管米事業の民間委託に伴い解除した。2011年以降、米の入庫が行われなくなったため被害者の間で医療費の支払いに関して不安が広がっていた。同年秋、農水省は政府保管米事業の業務委託契約を一部変更し、必要な場合には預け先を指定できるとする内容に変更し、カネミ倉庫への政府保管米預け入れ業務が再開された。
2012年8月29日、「カネミ油症患者に関する施策の総合的な推進に関する法律案」が参議院本会議で可決成立した。内容は
玉之浦つばき
自然観光(玉之浦エリア)
ヤブ椿の突然変異種であり、濃紅地に白覆輪のコントラストが美しい五島の名花「玉之浦」
五島が生んだ銘花中の銘花。「玉之浦」は、玉之浦町、岐宿町をまたぐ、父ヶ岳と七ツ岳の山の中腹で発見された。
終戦2年後の昭和22年、炭焼きで生計を立てていた岐宿町二本楠の故有川作五郎氏が山中で偶然見つけたものである。 その後、昭和48年 長崎市で開催された全国椿展で、元の玉之浦町長 故藤田友一氏により発表され、広く知られることとなった。 赤い花の周囲に綺麗な白の覆輪をまとった可憐な花姿。その珍しさは、国内はもとより、海外でも高い人気を得ている。 アメリカに本部を置く国際ツバキ協会が発行する世界ツバキ名鑑では、玉之浦の図版が巻頭を飾り紹介されたこともある。現在、玉之浦との掛け合わせにより作られたツバキが世界各地にあり、その数は、数十種類にも上るといわれる。五島椿「玉之浦」は、もはや国際的な世界の「玉之浦」なのである。 椿の花言葉 「赤」は高潔な理性、気取らない美しさ 「白」は申し分のない愛らしさ、可憐を意味する。 五島の銘花 玉之浦 世界に冠たる椿である。 カネミ油症の認定制度のなりたち http://static.seesaawiki.jp/img/usr_second/common/icon_pen.gif 国は、カネミ油症事件を「食中毒」として扱っています。食中毒が発生すると「食品衛生法」という法律に従って対策が取られます。 食品衛生法は、おおざっぱにいえば、国民の食の安全を守るための法律です。
有毒な食品によって健康被害を受けた人を発見した医師は、被害が広がらないようにするためにそのことを保健所に届けることが義務付けられています。届けが出されて症状がある被害者は、そのまま食中毒患者として認められ「認定申請」などの規定はありません。
また、食品衛生法では食中毒の被害者に対して「誰が」「どのような」補償をするかというようなことも規定されていません。つまり、カネミ油症において現在行われている認定制度にはなんの法的根拠もないのです。 なぜこのような「認定制度」がとられるようになったのでしょう。 1968年の10月10日に朝日新聞がはじめてライスオイルが原因として疑われる「奇病」を報道して以来、届出数は一週間で5000人を超え、地域も近畿から九州まで広がっていました。 この時点では病気の原因は特定されておらず「食中毒」としての対策はとられませんでした。 早急に、広範囲に及んでいる被害の実情をつかむため、届け出た人が「奇病」の患者かどうかを見極めるための基準が必要でした。そこで国は、九州大学医学部付属病院(以下九大)に結成された「油症研究班」に診断基準の策定を依頼しました。
「奇病」は油症研究班によって「油症」と名付けられました。その年の4月頃から皮膚の症状に悩む人たちは九大皮膚科をはじめ、各地の病院を受診していました。 特に8月頃からは同じような症状を示す患者が増加、家族で受診するケースも増えていました。医師らはそのころから、米ぬか油と「奇病」の関連を疑っていたのではないかといわれています。 この時、医師の一人からでも「食中毒」として届出が出されていればこれほど被害が広まらずに済んだかもしれませんし カネミ油症事件の様相もずいぶんと違ったものになっていたかもしれません。 油症研究班は10月18日に油症外来を開設し、106人が受診して11人を「油症」と診断しました。この時の診断基準を元に、10月19日、「油症診断基準、油症患者の暫定治療指針」を発表したのです。 以後、この診断基準に基づいて、被害者らは 認定/保留 にふりわけられることになりました。 この基準はあくまで「暫定的」なものだったはずなのですが、その後何度か見直しがあったものの、認定制度そのものは法的裏付けのないまま、今も実施され続けています。 油症研究班の古江増隆氏ほかによって2010年に著された『油症研究Ⅱ』・付録に診断基準が掲載されています。以下に、これまでの診断基準の変遷を簡単にまとめてみます。 1969年 〜皮膚症状中心の診断〜 http://static.seesaawiki.jp/img/usr_second/common/icon_pen.gif 初期の診断基準では、「米ぬか油を食べていること」 という条件が第一にあげられています。症状としては上眼瞼野の浮腫(腫れ)、眼脂(目やに)の増加、食欲不振、爪の変色、脱毛、両肢の浮腫、嘔気、嘔吐、四肢の脱力感・しびれ感、関節痛、皮膚症状があげられ、 「特に、目脂の増加、爪の変色、座瘡様皮疹は、本症を疑わせる原因となりうる」と書かれています。 1969年7月2日までの届出患者数は14627人、そのうち何人が検診を受けたかはわかりませんが、その時点での認定患者数は913人です。 昭和47年(1972年)10月26日改定 〜全身症状、血中PCBへの着目〜 http://static.seesaawiki.jp/img/usr_second/common/icon_pen.gif この改定では「PCBに汚染されたカネミ製米ぬか油を摂取していること」が発病条件にあげられています。全身症状が、「自覚症状」「他覚症状」「検査成績」の3項目に分けて記述され、 血中PCBの性状および濃度の異常が診断に取り入れられています。(濃度の基準値は明確にされていません) 昭和51年(1976年)6月14日補遺 〜皮膚症状中心 血中PCBが重要所見に〜 http://static.seesaawiki.jp/img/usr_second/common/icon_pen.gif 発病条件に「油症母親を介して 子にPCBが移行する場合もある」という記述が入りました。全身症状は参考所見となり、重要所見としては皮膚症状と 血中のPCBの性状と濃度が取り上げられています。 昭和56年(1981年)6月16日追加 〜血中PCQが追加〜 http://static.seesaawiki.jp/img/usr_second/common/icon_pen.gif 1976年に出された重要所見の下に、「血液中PCQの性状及び濃度の異常」が追加されました。ここで初めて PCQの濃度の基準が示されました。 PCQとはPCBの過熱によって生成された物質です。 化学工場などで職業的にPCBにさらされた人の血中にもPCQは検出されないことから、PCQは、油症に特徴的な指標だと考えられています。 血中にPCQが基準値以上存在するということは、PCBが環境などから体内に入ったのものではなく、ライスオイルから来たものだと考えられるということです。 油症研究Ⅱ 第1部 生体濃度 平成16年(2004年)9月29日の改定 〜ダイオキシンが検査項目に〜 http://static.seesaawiki.jp/img/usr_second/common/icon_pen.gif 前の改定から23年ぶり、事件発生から36年経て、PCDFの性状と濃度が重要所見として追加されました。 平成24年(2012年)12月3日追補 〜同居家族が対象に〜 http://static.seesaawiki.jp/img/usr_second/common/icon_pen.gif この年、通常国会で成立した「カネミ油症患者に関する施策の総合的な推進に関する法律」や同法に基づき策定された「カネミ油症患者に関する施策の推進に関する基本的な指針」に基づき、診断基準の見直しが行われました。 その結果、 「油症発生当時、油症患者と同居し、カネミ倉庫製の、PCB等が混入していた当時の米ぬか油を摂取した方で、 現在、心身の症状を有し、治療その他の健康管理を継続的に要する場合には、油症患者とみなす」という文言が付け加えられました。 油症診断基準(平成24年12月3日追補) これまで油症研究班の「医学的見地」によって策定されてきた診断基準に、初めて法律による変更が加えられました。 この基準により平成25年5月末までに、新たに228人の患者が認定されました。 カネミ油症認定患者数 平成25年5月31日現在 2013年現在、油症検診は毎年一回行われています。日程は厚生省のホームページで見ることができます。
検診は、カネミ油症の被害者の方々の健康状態の把握及びその管理等のために行われていますが、希望すれば誰でも受診することができます。 検診による油症認定を長崎県の例で見てみると、 1.油症研究班が計画を立て県知事を通じて自治体に検診の実施を委託 2.自治体は検診場所と日程を受診したことのある人に郵送で通知。(初めて受診する人は、希望すれば 検診を受けられる)
3.検診は、医師らが構成する油症対策委員会を中心にした検診団が、全国統一の検診票を用いて診察を 行う。
4.検診後、すでに認定されている患者の受診データは油症対策委員会がひらく「健康調査会」で検討され、 健康管理指導の内容が患者に通知される。
未認定患者のデータは、油症対策委員会の「認定審査会」で検討され 認定/棄却の方針が県知事 に提出される。 5.最終的に県知事が認定または棄却を判断し、未認定者へ通知する。 以上は長崎県の場合ですが、ほかの県でも同様の認定作業が年1回行われます。 平成24年の診断基準の改定によって、認定患者と同居家族で条件を満たす場合には検診によらず、書類での認定が行われるようになりました。 同居家族の申請書類は各都道府県のホームページからダウンロードできるようになっています。 (参考:大阪府のホームページより) 水俣病に長年取り組んできた原田正純医師は、1974年と1981年に五島の玉之浦町(現五島市)を訪れて小児の油症患者の調査を行いました。
また2000年から2010年にかけて 玉之浦町と奈留町(現五島市)で検診と聴き取りを行いました。 そこで明らかになったのは、油症は単に皮膚や目といった限られた場所に起こる病気ではなく、様々な症状が多彩に表れる病気だということです。 皮膚症状のほかに、頭痛やめまい、関節の痛み、咳など気管支の症状、月経異常、抑うつなどの精神的な症状・・・。 それぞれの症状は、油症でなくても起こる病気ですが、ひとりの人に同時にいくつもの症状が現れる「病気のデパート」と称されるような特徴があることがわかったのです。 症状をばらばらにしてしまえば油症はみえなくなってしまう と原田医師は訴えています。原田医師らは、油症研究班が作成した診断基準では多くの被害者が救われないことを指摘し、その問題点を明らかにしました。 【診断基準の問題点】 人類初の経験であったから、教科書も手引書もなかった。したがって、最初に作成された診断基準はあくまでも仮説であって、さらなる事実によって変革されねばならなかった。 認定の証拠をPCDFの血中濃度に求めたことはPCBの性状と濃度の異常を診断の基準とした時と同様に誤りであった。 血中濃度はあくまで参考であり、高い場合には確かに1つの証拠となりうるが、低い場合に否定の根拠にはならないのである。 しかも、比較的早期ならまだしも、発生から35年近く経過してから血中濃度を診断の根拠とするのは合理的でない。 摂取した量や年齢、性別、治療、症状の経過、排出機能の差などによって千差万別であるのが常識であろう。 なかなか認定されないために新しい基準を求めた患者の期待に背く結果となった。 臨床や患者の訴え、経過などすでに明らかになっている医学的所見がどうして生かされないのであろうか。 ー2006年の人権申し立て手続きに関して原田医師が日弁連に提出した意見書よりー 調べれば調べるほど、診断基準にも、 認定制度そのものにもいろいろな矛盾があることがわかりました。 ほんとうに被害者の救済につながる制度を みんなの知恵と力で作り上げること できないはずはないって、思いませんか? 吹き出物や皮膚の黒ずみ症状 カネミ油症 仕組み解明 ダイオキシン タンパク質生成阻害 2016年09月02日 15時28分
■厚労研究班 発生48年で初めて
国内最大の食品公害、カネミ油症の発症メカニズムが、厚生労働省の全国油症治療研究班(班長・古江増隆九州大教授)により、1968年の発生から半世紀近くたって、ようやく明らかになった。発症当初、多くの患者に吹き出物などの皮膚症状がみられたのはなぜか−。研究班によると、製造工程中に誤って米ぬか油に混入した原因物質のダイオキシン類が、皮膚を守るタンパク質の生成を邪魔したためで、世界で初めて突き止めたという。 研究班によると、油症の発症に最も重要なのが、細胞内に存在する「AhR」という分子。これが、ダイオキシン類のポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)などと結合すると、細胞や遺伝子を活性酸素が傷つける「酸化ストレス」が増え、体調不良を引き起こすと大まかに考えられてきた。
ただ、こうした構図が詳細に分かってきたのはここ数年で、研究班はAhRの役割について多方面から検証に着手。マウス実験などを重ねた結果、AhRは一般の人だと別の物質と結合し、皮膚を守る角質層の形成に必要なタンパク質を生成する機能が新たに判明した。傷を早く治す役割にも関与していた。
AhRは皮膚細胞に多く存在する。PCDFを含む米ぬか油を多食した当初、AhRがPCDFと結合してしまったために本来の役割を果たせず、吹き出物ができたり、黒ずんだりする異常な皮膚症状が特に目立ったとみられる。
患者のPCDFは徐々に体外に排出されるものの、今でも一般より血中濃度は高く、酸化ストレスが健康被害を招いている。患者の3割には何らかの皮膚症状も残っている。
研究班は現在、漢方を使った治療研究に力を入れている。漢方の成分がAhRとダイオキシン類の結合を抑制するなどの効果が分かってきたためで、班長の古江教授は「研究成果を治療法の開発につなげたい」としている。
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鐘化(カネカ)の責任;製造物責任
福岡地裁は「鐘淵化学工業(カネカ)は製造開始前からPCB が人体に摂取されると、皮膚や内臓にさまざまな障害を起こさせる可能性があることを知っており、製造開始後も、さらにその認識を深めていた。従って販売に当たって、食品業者に毒性の正確な情報を提供、食品の安全確保に注意を十分、警告する義務がある」
「それにもかかわらず、全体としての危険性はほとんど問題にあたらないとして、安全性の強調に傾き、食品製造業者に混入時の危険を正式に認識させ、混入防止措置や混入の有無の検索の必要性の注意を喚起させるには、ほど遠かった。カネミ倉庫に不当に安心感をそそるような表現をして積極的に推奨販売したことは否定できない。ここに基本的かつ重大な過失がある」とした。
鐘化の責任は、6回法廷で認められた。
その毒性について知り得る立場にいながら、何の注意を払わなかった。しかも、大量に買付けて補充していたのであるから、大量漏出を知らなかったのであろうか。
2018/1/26(金) 午前 5:49 [ 水を護る国家事業の実施を ]
カネミ・カネカ油症の影響は、新たな命にも及ぶ。お産があるたびに、看護婦のたき子は診療所近くの母子センターで医師と立ち会っていた。
68年の暮れ、その赤ちゃんを見た時、悲鳴を必死でこらえた。皮膚はコーヒーを塗ったように黒ずみ、弾力がない。産声も、か細い。覚えているだけで、同様の赤ちゃんは12、13人が生まれた。
2、3年すると、診療所には大腸がんや胃がんなどのがん患者が増えた。痛みに苦しみ、亡くなっていく患者をみとる一方、たき子も初期の子宮がんを発症。73年に摘出手術を受けた。夫や子も内臓や目の疾患に悩まされ続けた。
今も夜中に目が覚めると、診療所で夜聞いた患者のうめき声が耳の中で響く。幼い頃から知っている青年が症状に耐えられず、命を絶ったこともあった。思い出すと涙が出る。
「油症で人生を壊された人がいる。夢を持って生活していたのに突然絶たれた。その悲惨さを風化させてはいけない」。当時の看護婦のたき子の思いだ。
2018/7/29(日) 午後 7:10 [ 公徳心やコンプライアンス ]
高崎経済大学 宇田 和子 (うだ かずこ) 准教授 主要な研究業績
• 『食品公害と被害者救済:カネミ油症事件の被害と政策過程』(単著), 東信堂, 2015.
• 「解題:本書再刊の意義」『三西化学農薬被害事件裁判資料集別冊』(分担執筆), すいれん舎, 2015.
• 「カネミ油症事件における『補償制度』の特異性と欠陥:法的承認の欠如をめぐって」『社会学評論』(単著), 249号, 2012.
• 「『状況の定義』の共振がもたらす政治的機会:カネミ油症仮払金返還問題の決着過程」『環境をめぐる公共圏のダイナミズム』(分担執筆), 法政大学出版局, 2012.
• 「『我們』的複數性:油症『問題』是什麼?」『文化研究』(単著・馮啟斌訳), 10号, 2010.
2018/8/4(土) 午前 11:15 [ 公序良俗に反するカネカPCB ]