|
2月下旬から始めた求職活動が難航しています。
ちょうど新卒者も決まった時期もあって求人がありません。
あったとしても若い子か肉体労働の仕事です。
肉体労働が嫌な訳では、ありません。
この頃の俺は、右膝の痛みと戦っていました。
整形外科の診断では、変形性膝関節症と言う事でした。
先生は、とにかく運動をして筋肉を付ける事と言いました。
毎日毎日ただひたすら運動をしました。
膝の運動だけじゃなく全身運動です。
そんな毎日を繰り返していくうちにうつの症状が良くなってきました。
薬も夕食後と寝る前だけになりました。
4月下旬になり膝の痛みがなくなりましてが
全身の筋肉が悲鳴をあげました。
今まで感じた事のない感覚です。
全身の筋肉が勝手にピクピク動いている様な感じです。
先生に相談した所大丈夫もっと運動をしましょうと言われました。
だから就職活動と運動を懸命にしていました。
うつが良くなって来たのも彼女のお陰だと思います。
彼女に対する罪悪感が残っています。
ただただ自分を責めるばかりでした。
|
全体表示
[ リスト | 詳細 ]
|
1月下旬妻が俺のお袋に対してまた暴言を吐きました。
そのころの妻も軽いうつ状態になっていました。
そんな彼女に対して俺は、手を挙げてしまいました。
情けない・・・
最低です。
彼女にだけは、手を挙げる事は、許されません。
なぜならば彼女自身が日常的にDVの行われている
家庭環境に育ったからです。
子供の頃自分の母親が受けて見ていた
暴力を今度は、自分自身が、受ける。
彼女の心の傷は、一生消えないでしょう。
2月に入り正式に離婚しました。
そして俺自身一度リセットしようと思い
実家の群馬に帰ってきました。
離婚してから彼女とは、全然連絡取れなく
なっていたけど暫くしてから一通だけメールが
届きました。
好きな人と結婚出来て幸せでした。
とだけ書かれてありました。
俺にとってこれ以上悲しくて辛い言葉は、ありません。
こっちに帰って来て新たに心療内科に行きました。
とても面白い先生で今までの全ての事を話したら
「 あんたヒデー奴だな〜俺も昔は、喧嘩ばかりしてたけど
女には、手を挙げた事ねーよー 」と言ってました。
随分ハッキリ言う人だな〜と思ったけど信用出来ると思いました。
早速ハローワークにも通い始めました。
この頃から右膝の激痛が始まりた。
|
|
先生に今までの経緯を話しました。
先生は、就職活動も始めた事だし
今が大事な時だから言いたい人には、
勝手に言わせて措けば良いと言ってました。
夕べは、子供達に遺書を書いていました。
遺書を書きながら色んな事を思い出しました。
長女が生まれた時は、2610gでもう少しで
未熟児でした。
次女は、2930gで生まれました。
二人とも五体満足で生まれて来てくれて
嬉しくて涙が止まりませんでした。
先生は、子供達は、貴方の宝物だから
「子供達の為にももう少し頑張ろう!」
と言っていました。
遺書は、破り捨てました。
ストレスで頭と胃が大変だけど生きていきます。
ご心配をお掛けしました。
|





