FZ750
FZR250のこと久し振りの更新になります。
拙バイク遍歴として4台目に、なりますね。
今回は
「FZR250」(3HX3)
です。 1996年頃でしたが、家のGR50が盗まれてしまい、(→「GR50のこと」参照)
父親のアシが無くなってしまったんですが、
ダン君が所有していたFZR250からバンディット250に買い換えるとのコトで、
良いタイミングで譲ってもらう運びとなりました。
TZR250と同時に在籍してた記憶があります。
もちろん、愛機FZ750とも、
「SHIN.さん邸で2基目のエンジン(2GH)を換装してた期間」
「前方を見ない残念なクルマにぶつけられてFZ750が入院してた期間」
など、色々な場面で救援的代車を果たしてくれました。
父親名義の所有物でして、TZR250なりFZ750なり、
自分のバイクに乗れば良いワケでして、
あまり自ら進んで乗らなかった記憶があります。
父親も乗らなかった時期はキャブを腐らせ掛けた経験もあります。
以来、「たまには乗ってやって」と、頼まれたものでした。
恐らく、1996〜2006年くらいの在籍だと思います。
それでも、10年は走り続けてくれたんですね。
画像からは確認できませんが、OVERのスリップオンが入ってました。
そして、ダン君が乗ってた名残でハーフカウルや幅詰めとなってました。
街中で非常に乗り易く、ちょっとアレなスクーターから、
スパルタンなイタリアン的スクーターまで、
何の問題もなく煽り倒せるスリ抜け仕様でした。
都内のコースレコード的にはFZ750よか速かったです。
「何処までも入って行ける」そんな仕様でした。
ダン君もタンデムを好まないんでタンデムステップはありませんでした。
AMA風味なルックスもカッコ良かったですね。
元々はTECH21カラーだったコトが伺えます。
FZ750やTZR250よか非力ですし、足廻りもTZR250と(ほぼ)同等なんで、
好んでライドすることはありませんでした。 そんなFZR250でしたが、ある晩、R246な渋谷周辺を走行時に…
「ガシャン!」と鈍い音がして、1速しか入らなくなってしまい、
裏道を駆使して、どうにか帰投できましたが、それが最期となりました。
父親には今でも(父親が思い出した際には)文句を云われます。(苦笑)
その度に、
「ああFZR250、あのときはすまなかったなぁ」(パクリ)
と、胸が痛みます。
色々な思い出を、そして、FZ750が入院してた時など、
たくさん助けてくれてありがとうございました。
前回(昨年)の記事なんですが、
「本当はカワサキ乗りになりたかった?」
って、それは、大型免許取得時に、
「ゼファー750はどうだろうか?」
と、しばらくリサーチしてみたんです。
車体やらバランスやら、面白そうだったんですね。
「ゼファーは750が最も良い」
これも、よく云われる話でしたし。
ですが、
「カワサキよかヤマハ」であり、
「空冷よか水冷」で、
「ツインサスよかモノサス」で、
「ネイキッドよかカウル」で、
「2バルブよか5バルブ」なんで、
FZ750になりました。
って、それだけなんです、が。
どうにも尻切れトンボな感じになってしまいました。 |






